【働き方】大手空間デザイナーからの転身。民宿「勝五郎」三代目店主のワークスタイル。

伊豆下田の白浜海岸。駿河湾と相模湾に囲まれ、太平洋に面して「美しい海」には事欠かない伊豆でも、国道に面して砂浜が広がる白浜が随一という声も上がる、全国でも広く知られたビーチです。古くから景勝地として知られ、訪れる海水浴客、観光客も多い白浜には、ホテル、旅館、コテージ、貸別荘、民宿など大小さまざまな形態の宿泊施設が軒を連ねます。

そのなかでもひと際目を引く、黒を基調にしたシックな佇まいの民宿『勝五郎』。デザイン重視の新築物件かと思いきや、実はリノベーションというから驚きです。
手掛けたのは、一部上場企業で空間デザイナーとして腕を振るっていた経歴を持つ土屋尊司さん。お祖父さんが開業し、一度は廃業していた『勝五郎』を引き継ぐ形で、2018年6月に再オープンしました。
Uターン移住&転職、というチャレンジですが、土屋さんはこれまでのキャリアを生かして、二足、三足、いやそれ以上のわらじをはくユニークなワークスタイルで白浜での生活を楽しんでいます。

デザイナーから民宿経営へ

――もともと下田にお住まいだったんですね。

そうですね、高校まで下田に住んでいました。大学と大学院は三重、就職後は大阪で働き、転勤して福岡、それからまた大阪に戻り、そのあと下田に移住してきました。
学生時代や就職後はあまり下田にも帰ってこなくなり、『勝五郎』も祖母の高齢化を理由に廃業になりました。たまに帰省した時などに「だんだんここも、民宿から普通の家になっていくのかなあ」と思っていました。

▲『勝五郎』から眺める下田(白浜)の景色

――前職の「空間デザイナー」とは、どういうお仕事だったんでしょうか。

デパートやビル、空港など、商業施設の内装設計や展示会のイベントブースの設計ですね。クライアントの思いを形にするため、イメージ画を描いたり、CADを使って図面をつくったり。忙しいけれど、充実した仕事でした。

――大きなお仕事ですね。そこから実家の民宿の後を継ぐというのは、かなり大きな方向転換だったのでは?

確かにそうですが、全く違う業種なのである意味割り切って戻ってくることができたのは良かったと思います。サラリーマンとしての仕事も楽しんでいましたが、それだけに心機一転というかたちで民宿に取り組むことができました。でも、民宿を継ぎたいという話をしたときに、実は父には反対されたんですよ。

▲リノベーション前の『勝五郎』

――どうして反対されたのでしょうか?

この地域は、夏がシーズンの観光地なので民宿としての売上は夏に集中します。年間を通じてみると、これほど売上に凸凹があるのは安定した仕事とは言いづらいですしね。そこで、移住前に「これまでのキャリアを生かした仕事を副業としてやる」という話をして、父にも納得してもらい民宿を継ぐことができました。

――メインの民宿業に加え、移住後にこれまでの仕事を副業としてはじめることになったんですね。これまでというと、設計のお仕事でしょうか?

そうですね。以前勤めていた会社から、外注デザイナーとしての仕事をいただいています。昔の後輩とかから気軽に頼んでもらっています。こっちに住みながら東京や大阪などの仕事をしていますのでリモートワークですね。
そしてもうひとつはじめたことがあって、それが「イラスト」の仕事です。もともとは手帳の片隅に落書きみたいに描いてたんですが、妻から「それ、売れるんじゃない?」って言われまして、試しに『下田時計台フロント』さんで開催されていた「手作り市」というイベントに出店してみたんです。そこではポストカードを販売したのですが、このイラストを見た『下田時計台フロント』さんから「うちのも描いてくれないですか?」とお話いただいて、それがはじめてイラストの仕事になりました。

▲「手作り市」出店の様子

そこからイラストをSNSにもアップしていると『NanZ VILLAGE』にあるかき氷屋の『下田南豆製氷所』さんからもかき氷のイラストもご依頼いただくようになり、徐々に他からも依頼が入るようになりイラストが本格的に仕事になっていきました。

――すごい!ご縁でつながっていく感じが地方ならではですね。では現在は民宿と設計、そしてイラストと“複”業のスタイルですね。

ありがたいです。実はもうひとつありまして、これもたまたまの出会いからだったんですが、最近は看板なども作っています。DIY的なことが少しできたということもあり、デザインから実際の制作までやりました。依頼者には「DIY的なクオリティで大丈夫ですか?」と聞くほどだったんですが、実際納品してみると非常に満足していただけたのでよかったです。

▲手がけられた看板

「余裕と余白」のバランス

――そこまで多種のお仕事があるとメインの民宿が忙しい時期とはバッティングしていない感じでしょうか?

そうですね、これまではちょうどかぶる仕事がなくて。なので、お断りせずに済んでいます。夏場は民宿が繁忙期のため、こちらからは営業をかけないようにしています。いざとなったら徹夜でなんとかしようかなと……(笑)。

――お仕事いただくのはうれしいですけど、そこのバランスは難しいですよね。

そうですね。これは前職の仕事で学んだんですが、「余裕と余白」ということが大切だなと感じています。前職で自分がキャパオーバーになっていた時に、上司の働き方を見て驚いたんです。上司の余裕のある状況判断と適切な指示で、仕事がスムーズに進んだことがあって、その当時は何でうまく仕事が進んだのかわからずの状態でしたが、その後自分に余裕をもたないと、いい仕事はできないとわかったんです。そして、余裕を持つには余白があることが必要。空いている時間に、できることをさばいていく。例えば今週もイラストの仕事を3件一気にもらって詰まっちゃったんですが、今なら「あ、これならスキマの時間に進めていけば終わるな」という余裕が持てます。自分のキャパを知ったうえで、いろんなことをやった方がいいと学びました。

▲『勝五郎』での交流の様子

――働き方のスタイルが見えてきた感じですね。下田での今後の目標はどんなものがあるでしょうか?

地域貢献につながることをしていきたいですね。僕自身この地域で育ったので、地域の人たちにも恩返しをしていきたい。白浜や下田に限定せず、伊豆全体でできることをみつけていきたいと思います。最近は地元で下田の旧町内にあるシェアスペース兼ゲストハウス『羽衣』のコンセプトスケッチとリノベーションアドバイザーというかたちで関わりました。地元に入り込むことでありがたいことにいろいろなご縁をいただきます。そこでも自身の現状を顧みて自分のペースで最大限のことを取り組んでいきたいです。

異業種への転身にはいろいろなハードルがあるかと思います。土屋さんの場合も例外ではなかったと思いますが、前職の経験やこれからの暮らしを考えた末に現在のかたちがあるのだと思いました。複業でパワーが分散するのではなく、メインである民宿『勝五郎』も片手間になるのではなく、それぞれ関わっている事からのインプットもあいまって、ますます進化していく場になっていくと思います。土屋さんが手がける数々のものにこれから注目していきたいです。
(文=深水央)

【温泉民宿 勝五郎】
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