【お店】学生時の夢を叶え、静岡に新たな「寄り道の拠点」を。(泊まれる純喫茶ヒトヤ堂)

だれかに紹介したいお店…それは提供される商品の質はもちろん、中で関わっている“人”に魅力があるのではないか。そんな想いからこのシリーズではお店の中の人にフォーカスしつつ、お店を紹介していきます。

新しい文化の発信拠点に

JR静岡駅から歩いて12分。江戸時代は旅人が立ち寄る宿場として栄え、今は再開発が進むエリアに『泊まれる純喫茶 ヒトヤ堂』は佇んでいます。築50年の大正ロマンあふれるこの建物は、2018年6月にオープン。平日の昼下がり、自転車で訪れるシニアの男性や学生、女性グループなどでにぎわい、スイスから観光に来た若い女性も楽しそうに話していました。喫茶店のカウンターに立つのは、20代の女性3人。26歳でヒトヤ堂を立ち上げた村松佐友紀さんが、肩ひじ張らずにこれまでの道のりや思いを語ってくれました。

学生のときに語っていたこと

――とても趣のある素敵な空間ですね。村松さんがこちらを立ち上げるまでのことを教えてください。

えっと、いつも行き当たりばったりなんですけど…(笑)、私は静岡県牧之原市で生まれ育ち、街中のディスプレイや店舗の装飾などに興味があって、武蔵野美術大学で空間演出を学んでいました。その後静岡の実家に戻り、地元で広告の企画営業の仕事をしていました。

――広告の仕事からいまの飲食・宿泊業はかけ離れている気がしますが、何かきっかけがあったのでしょうか?

広告の仕事に就いたのは、たまたまでした。私は学生時代から海外のゲストハウスを利用することがあり、いつかゲストハウスをしてみたいなという思いがありました。でもタイミングがなく、いつしかその想いも遠のいていて…。ただ、働き始めて営業の仕事をしていると、経営者と話す機会が多く、経営も面白そうだなと思っていました。そしてもう一つ、背中を押される出来事があったんです。

――何でしょう?

ここを一緒に立ち上げた相方は、大学時代からの友人なんです。24歳の時に彼女と話していたら、「学生のとき、ゲストハウスをやりたいって話してたよね」と言われてハッとして。ちょうど1年更新の仕事をどうするかと考えていたタイミングだったので、「やるなら今だな、本気で考えてみよう」と。彼女は東京出身で、当時東京でCMや映画の美術スタッフとして仕事をしていたけど、一緒にやろうという話になりました。

――夢が動き出した瞬間ですね。何から始めたのでしょうか?

まずはゲストハウスができる物件を探しました。でも不動産屋を回りましたが条件が合わず、空き家バンクを探しても厳しく…。しばらくして、ビルのオーナーさんを紹介してもらう機会があり、「直接オーナーさんに当たればいいんだ!」と気付き、地域おこしに携わっている会社にアプローチして、この物件に巡り合いました。ここはもともと喫茶店で、奥は住居。その方が喫茶店をやめるため、別の借り手を募集されているところでした。私たちがやろうとしていることを伝えると、オーナーさんも興味を持って下さり、ついに物件が決定。そして相方が退職して静岡に移住し、2018年6月に『泊まれる純喫茶 ヒトヤ堂』をオープンしました。

――喫茶店を残して、ゲストハウスにされたのですね。素敵な内装はリノベーションしたのですか?

当初喫茶店の経営は考えていませんでした。でも初めてお店を見に来た日に、この場所が無くなってしまうのはもったいないと思ったんです。約40年も営業を続けてこられた前の女性オーナーさんとも話をし、地域に愛されていた喫茶店を引き継げることに。喫茶店の内装はそのまま残し、住居部分だった奥のスペースは大改造。ものづくりが得意な相方と、たくさんの友人の手も借り、できるところは自分たちでリノベーションしました。
(※セルフリノベーションの様子はhttps://hitoyado.com/で紹介されています)


静岡に「寄り道の拠点」

――ゲストハウスのコンセプトを教えてください。

私たちは静岡に、「新たな寄り道の拠点」を作りたいと思ったんです。東京と大阪の間に位置する静岡は、通り過ぎるだけで立ち寄ったことがないという人が多いのではないかと感じていました。ゲストハウスが出来ることで、少しでも静岡に寄り道してくれる人が増えればいいなと。ゲストハウスの魅力は、訪問者と、スタッフや地域との距離が近いことだと考えています。私たちの宿が、地域と訪問者をつなぐ場になれば嬉しいです。

――オープンから1年半経ち、これまでどんなお客さんが多かったですか?

喫茶店は、平日は地域の方が多くて、前の店からそのまま通い続けてくださる常連の方もたくさんいらっしゃいます。ありがたいですね。週末は観光客や、SNSの写真を見て来店される大学生や若いカップルもいらっしゃいます。
ゲストハウスのほうは1泊3,000円からで、幅広いお客さんにお泊りいただいています。アジアやヨーロッパなど海外からの観光客も多く、日本茶の勉強に来た人も。日本人も学生からシニアまでいらっしゃって、年配の方は「昔ユースホステルに泊まっていたから懐かしい」なんて話されることもあります。

――いろんな方に利用されるということは、順調なスタートと言えそうです。

そうですね。ありがたいことに想定していたより多くの方にお越しいただいています。静岡市にはまだまだゲストハウスが少ないことと、喫茶店に泊まれるという面白さに興味を持って頂いているようで。この1年で口コミの投稿も増え、それをきっかけに来てくださるゲストも増えてきました。今年は新たなスタッフも1人増え、3人体制に。新しいことにも挑戦できそうです。

――きっと忙しい毎日だと思いますが、うれしいことや辛いことはありますか?

うーん、辛いことはないですね。すごい理想を掲げていたわけではないので、やってみて「そうなんだ」と思い、より良くしようと考えて動いていく感じです。
うれしいことは日々ありますよ。喫茶店に試しに来てみたという方が通ってくれるようになったり、ゲストハウスもリピーターの方が増えてきたり。ゲストハウスに泊まってくれた人が、「静岡は人も気候も暖かい」「ゴミがなくて街がきれい」「街の規模がちょうどいい」などと言ってくれて、ゲストハウスは街の良さを改めて知ることができる場所なんだなあと実感しています。

――村松さんは今27歳で経営も運営もされていて、すごいですね。今後のビジョンを聞かせてください。

そうですねえ、貯金をはたいた上に大金を借りて始めたので、最低でも10年は続けていかなければ(笑)。ただ、思い切ってやって良かったと思っています。会社に勤めていたときとは全く違い、自分が誰のために何をしているのかがハッキリしていて、全てが自分に返ってくる。仕事と生活の境界がなく、仕事するように生活して、生活するように仕事をしている感じです。
ちょうど9月からは、ゲストがさらに静岡の街を楽しめるようにと、レンタサイクルを始めました。あとはお土産用のドリップコーヒーを作ったり、使われていなかった3階のフロアを女性専用の空間に改装し、近々オープンする予定でいます。ここでやるべきことをやり、お客さんや自分たちの満足値を上げて、寄り道の拠点として訪問者に寄り添い、新たな発見や楽しさを提供していきたいです。

行き当たりばったりと語っていた村松さんが、若干26歳で立ち上げた“静岡の新たな寄り道の拠点”。そこは宿泊者や地元の方の憩いの場としてたしかに溶け込み、内外の交流の場となっていました。これから改装する部分もありますます進化する『ヒトヤ堂』、今後の動向にも注目です。
(文=佐々木恵美、写真=窪田司)

【泊まれる純喫茶 ヒトヤ堂】
https://hitoyado.com/
静岡県静岡市葵区七間町16-8
TEL:054-687-8458
営業時間:7時30分〜18時
定休日:火曜日