だれかに紹介したいお店…それは提供される商品の質はもちろん、中で関わっている“人”に魅力があるのではないか。そんな想いからこのシリーズではお店の中の人にフォーカスしつつ、お店を紹介していきます。
閑静な住宅街のあちこちに、個性あふれる小さなお店が点在している鷹匠地区。今回ご紹介する『和のピクルス専門店こうのもの』は、そんな鷹匠地区にあります。ドアを開けると、目に飛び込んでくるのは色とりどりのピクルスたち。これらのピクルスは、すべて静岡産の野菜や果物で作られています。すべてのレシピを考案しているのは、店長の瀧昌弘さん。「日本の伝統食品である“漬物”文化を、ピクルスを通じて広めたい」と語る瀧さんに、ピクルスに込められた思いをお伺いしました。
伝統の漬物を身近に
――ピクルスに使用している野菜や果物は、すべて静岡産なんですね。ということは、瀧さんも静岡ご出身なんでしょうか?
実は、僕が生まれたのは滋賀県で、小学4年生まで滋賀県で育ちました。その後、父の転勤のため、伊豆半島にある熱川に引っ越しました。引っ越しで一番びっくりしたのは、硫黄の香りです。正直あの匂いは衝撃でした。(笑)熱川で過ごした子ども時代は、毎日外で遊んでいました。夏になると、毎日海に入って。おかげで1年中真っ黒な子どもでした(笑)。
――楽しそうな子ども時代ですね。では、どういったきっかけで『こうのもの』を始められたのでしょうか?
高校卒業後、県内の大手スーパーに就職をしました。売り場を経て、漬物のバイヤーとして生産者さんと関わる仕事もしていました。そんなある日、会社が大手チェーン店に買収されました。新しい会社で仕事をしているうちに、「お客様第一主義で仕事ができているのか」「この仕事は自分でなくてもいいんじゃないか」など、疑問を抱くようになったんです。それと同時に漬物を作ることに興味が湧いてきました。そこで、2012年に、漬物の製造卸売会社である株式会社季咲亭に転職したんです。
――なるほど。「売る」から「作る」に興味が移ったんですね。でも、どうして漬物にそんなに惹かれたんでしょうか?
ご飯に梅干し、牛丼に生姜、おむすびにタクアンなど、和食と漬物は切っても切り離すことができない存在です。それなのに、今の日本の家庭では、漬物が食卓に上ることが減ってしまっている。このままいくと漬物業界は衰退していくだろうし、日本の食文化の中から漬物が姿を消してしまうのではないだろうか。そう真剣に考えるようになりました。「どうしたら漬物に興味を持ってもらえるか」「どうしたら漬物を食べるようになるか」を考えた末、「贈られたら食べるんじゃないか」と思いついたんです。そこで、贈りたくなるような漬物を作ろうと思い、2015年に立ち上げたのが『和ピクルス専門店 こうのもの』です。店名の「こうのもの=香の物」とは、お漬物のことです。日本の伝統食である漬物をより身近に楽しんでいただきたいと思い、昔ながらの漬物のいいところと洋風のピクルスのいいところを合わせて作っています。
――「こうのもの」の漬物は、どんな特徴がありますか?
使用しているのは、静岡県内で収穫された野菜や果物です。ほとんどの生産者さんが、バイヤー時代に知り合った方や、生産者さんからの紹介です。また、漬け汁に使う鰹節や昆布、お酢も地元の商店から購入しています。旬のものを使うこと、地のものを使うこと、そして、なるべく顔の見える関係から仕入れるよう心がけています。
また、親しい人や大切にしている人に「プレゼントしたい」と思っていただけるよう、色合いの美しさを重視したり、一人でも食べきれるくらいの量にするようにしています。
また、そのまま漬物として食べるだけでなく、料理の素材や調味料のひとつとしてもご利用できるよう、レシピカードを商品とともに入れたり、クックパッドでさまざまなレシピをご紹介しています。
――お客さんはどのような方が多いですか?
30代、40代の女性が多いですね。プレゼンントはもちろん、ご自宅でのご利用も多いようです。組み合わせできるパッケージもご用意していますので、最近ではお中元やお歳暮、内祝いなどのご利用のお客様も増えてきました。
――お店をしていて、楽しいことはありましたか? 逆に辛かったことはありますか?
お客様と直接お話しできるのが楽しいですね。漬物の使い方はもちろん、素材のこと、生産者さんのことを色々お伝えできるのはもちろん、お客様からの感想をお伺いできるのも勉強になります。
大変なことは、台風などの自然災害があった時ですね。見た目のカラフルさにこだわって作っているのですが、自然災害のため野菜が収穫できないと、漬物自体も作ることができません。
むしろ不自由を楽しむ
――今後やっていきたいこと、取り組みたいことなど、ありますか?
実は、2018年に鷹匠から車で30分ほど行った玉川という山間部に引っ越したんです。漬物に使う野菜の生産者さんが玉川地区に住んでいて、行き来し始めたのがきっかけでした。
これからは、『こうのもの』での仕事をやりながら、玉川での地域活動をはじめ、玉川だからこそできることに力を入れていきたいと思っています。
――静岡県内での移住ですね!玉川の魅力は、どんなところにありますか?
うーん、何もないところ、でしょうか。その何もなさが、年を重ねた今の自分に本当に心地よくて。夜空の星は綺麗ですし、玄関先でバーベキューをしても何も言われません。都会では、煙がくる!とか怒られてしまいますよね(笑)。近所の方におすそ分けをいただくことも多くて、自家製の干物やピクルスをお返ししたり、近所の皆さんとの交流を楽しませていただいています。
でも、これも自分が大人になったから楽しめるんだろうなぁと思います。静岡市内に住んでいた時は、周りになんでもあるとても便利な環境でした。でも、玉川での生活は不自由ばかり(笑)。でも、この不自由さが楽しんです。生活力が身につくし、色々工夫もする。玉川地区のおじさんたちは、自分たちでなんでもできるんですよ。本当に尊敬します!
ですので、今後は、こうした玉川での暮らしをもっと充実させたいし、玉川の地域のためになるようなことをしていきたいと考えています。
――素敵な暮らしですね。具体的には、どんなことをしていきたいと考えていますか?
そうですね。玉川地区には働く場所がないため、若者が静岡市内へ出てしまい高齢者ばかりとなっています。ですので、若者が働けるような場所を作り、玉川地区を元気にしていけたらと思っています。
日本固有の漬物文化の底上げのために作り上げた『こうのもの』。そこでの出会いから、玉川という土地に魅了され、新たな挑戦へと歩みはじめた瀧さん。その時々、自分の心に素直になり、やりたいことに、自然体に取り組んでいく。そんな生き方ができるのは、静岡という土地だからなのかもしれません。ぜひ『こうのもの』にも足を運んでいただき、これらのお話をうかがってお買い物を楽しんでみてください。
(文=市田里実、写真=窪田司)
【和ピクルス専門店こうのもの】
https://kounomono.jp/
静岡県静岡市葵区鷹匠3-8-15
TEL:080-4965-9090
営業時間:11時〜18時
定休日:水・木曜日