静岡県の東、伊豆半島のさらに東側。相模湾と伊豆諸島を望む東伊豆町・稲取は、漁業と温泉で栄えた町です。しかし少子高齢化の波には逆らえず、人口は自然減・社会減が常態化しています。
しかし、そんな稲取に新しい風を吹かせようとやってきた若者たちがいます。稲取地域の空き家の改修と活用を目指すNPO法人ローカルデザインネットワークの代表、荒武優希さんにお話を聞きました。
「ああ、ここから始まるんだな」
――稲取、本当に海が近くて素晴らしいところですね。どういう経緯でこの地に関わりを持つことになったんですか?
僕は、もともと横浜の出身です。大学では建築を勉強していて、大学院に進むときに、同級生から地方の空き家を改修する学生団体を立ち上げようという話が出て、そこにのっかる形でここ稲取にご縁ができました。2016年、院修了後の就職先に稲取がある東伊豆町の地域おこし協力隊を選び、活動テーマとして選んだのが「改修した空き物件の活用・運用」。同時に空き物件運用のため学生時代の仲間を中心にNPO法人を設立。協力隊として3年間活動した後そのままNPOに活動を引き継いで、今は地域や行政の皆様に助けていただきながら、ご飯を食べさせていただいています。
――それまでは、稲取や東伊豆町には何か関係があったんですか?
まったくありませんでした。学生時代は、空き家の改修をしようと長野県の信州新町(長野市)に通っていて、こんな山に囲まれた土地で暮らせたらいいなって漠然と思ってました。
でも、初めてこの町に来たときに、本能的に「あ、ここからなにかが始まるんだな」って思ったんです。ちょっと山を登ったところに、稲取を一望できる場所があって、そこから見た稲取の景色がすごくよくて。「この町と自分と、なにか起きそうだ!」というわくわくを感じたんですよね。
――一目ぼれというか、ビビッと来たわけですね。
はい。そこからスタートして、まずは「空き家の改修ができたらそれでいい」という考え方だったんですけど、それはあくまで目先に見えていることでしかなかったんですよね。実際は、もっと大事な根深いことがあって、それが「空き家」という形で出ていて、根深いことを解決する手段として空き家の改修があるんじゃないかって思い始めたんです。
というのも、学生団体「空き家改修プロジェクト」として手掛けていた初めての空き家の改修は、結局運営する人が見つからないまま、改修だけが完了しました。
2014年に改修したそちらの空き家は、5年経った今でも有効活用できていません。
――それは……ちょっと、悔いが残りますね。
その悔しい経験をバネに自分たちが関わったリノベーション物件を地域に貢献できる場所として責任を持っていきたい、という思いはずっとあります。2件目の物件は、消防団の器具置き場を改修して、『ダイロクキッチン』というシェアキッチンを立ち上げ、現在はNPO法人として運営を行っています。私達が卒業した後も「空き家改修プロジェクト」の後輩たちが3年間かけてフルリノベーションした『EAST DOCK』の運用も2019年5月よりスタートしました。
――本当に素晴らしいロケーションです。目の前には海と港、そして山の緑もきれいで。
この建物は、稲取と伊豆大島を結ぶジェット船の切符売り場です。今は1月から4月の伊豆大島椿祭りの期間だけしか運航していないので、残りの8ヶ月は空いている。そこで、東伊豆町から「次はここを改修してみては」とお話をいただきました。現在、コワーキング・レンタルスペースとしてご利用いただいています。ものづくりのイベントやワークショップ、商品開発のプロトタイプ制作、クラフトグッズづくりなどにも使っていただけます。
――地元との連携は重要なキーになると思いますが、どうでしょうか。
最初に改修した物件の「失敗」を反省材料に、目標としているのは「なるべく自治体の支援に頼らないプロジェクトにする」ということです。東伊豆町の空き家率は静岡県の平均よりも高いといわれていて、ここ稲取でも活用されていない家や建物はたくさんあります。
――空き物件をどう活用するかも問題ですね。シェアハウスや民泊などが考えられますが……。
稲取は昭和の初めに温泉が発見されて以来、温泉地・観光地として栄えてきた土地柄なので、古くからの旅館や民宿がたくさんあります。
民泊やシェアハウス、Airbnbに宿泊するお客さんと、温泉旅館に泊まるお客さんは客層として違うので、お客の取り合いというかたちにはなりません。素泊まりとか安い宿代でやってくるお客さんたちを呼び込んで、その人たちが稲取で飲食などの消費活動をしてもらい稲取の魅力を広げてくれる。そんな循環を作って、地域全体が利益を得るかたちにしていきたいですね。
地方には「デカいスキマ」しかない!
――地域の側にもメリットがある方向にもっていきたいですね。
そうですね。僕は今後どこかで自分の持っているスキルを使ってなにかをしたい欲求を持った個人が訪れる町になってほしいと考えています。ふらっと一人で稲取に来て、地元の人たちとなんとなくつながって、稲取の魅力を感じて「この町で何かしたい」「もう一回訪れたい」と思ってもらえるように地域で起こっていることを伝えていきたい。
そしてゆくゆくは、移住とまではいかなくても、この町のプレイヤーの一員になってほしい。『EAST DOCK』でイベントやワークショップを開いたり、地域で新しい仕事を作るような、稲取にかかわりたい人を増やしていきたいと思います。
僕たちのNPOも、メンバーの半数以上は都会に住んでいます。そこで作った人脈で稲取に企業の研修を誘致したり、いろんな取り組みをしています。受け皿のかたちもたくさんあった方がいいですね。
――ちなみに、個人で来る人というのはどういうキャラクターを想定しているんですか?
フリーランスのクリエイターや、「これから実績を作りたい!」という人ですね。よく「スキマ産業」っていいますけど、稲取やこの周辺には「デカ過ぎるスキマ」しかないですから!(笑)。
――デカ過ぎるスキマ! これはパワーワードですね。私の場合はライターなので、「毎日記事を書いてアップすれば、3ヶ月間衣食住は保証します!」っていわれたらあっという間に稲取の関係人口に立候補しそうです。
地域の弱みとして情報発信が挙げられることが多くあるので、それはアリかもしれませんね。「観光」「温泉」「海」と、キーワード・ロケーションは揃っていますから、やりたいことがある人なら、どんな人でも入り込む余地はあります。『EAST DOCK』はそういう人たちのためにある場所だといってもいいかもしれません。
――需要もありそうなので、ライターなら「ライターン」というキャッチフレーズで募集すれば集まりそうです。カメラマンでもなんでもいけますね……。
大都市だと、「◯◯になりたい」って人はたくさんいるじゃないですか。つまりすでに埋まっている席を争って、大勢でひしめき合っている。でも地方では必要とされているし、席も空いているのに、なかなかそこに気がついていないんですよね。
――“必要とされている”というのも重要ですね。今後、荒武さんが目指していきたいことはなんでしょうか?
ひとつの地域にずっと住んでいると、その地域の良さにどうしても気づかなくなってしまう。新しく来た人に稲取を案内すると、どこを見ても「すごい!」と感動してくれます。僕も最初はそうでしたけど、その感覚は鈍っていく。
地域ごとの魅力を掘り起こして、守っていきたいものを可視化していかないと、本当に失われてしまうんじゃないか。だから、「それ大事ですよ~」ってアピールする人や場所、媒体をつくる、そんなことに取り組んでいきたいですね。
きっかけは些細なことでも、具体的な施策まで落とし込むのはなかなかできないことだと思います。「失敗」を経験して、そこで諦めるのではなくこの地域の未来を考えた本気の取り組みは今後地方にとって希望の光になるかもしれません。