【お店】未来を導く灯台へ。伊豆下田に輝く文化の発信拠点。(NanZ VILLAGE)

だれかに紹介したいお店…それは提供される商品の質はもちろん、中で関わっている“人”に魅力があるのではないか。そんな想いからこのシリーズではお店の中の人にフォーカスしつつ、お店を紹介していきます。

新しい文化の発信拠点に

伊豆半島の南に位置し、伊豆諸島をはるかに望む港町・下田。それぞれの美しさを湛えた9つの海岸は、訪れる人々を飽きさせません。
歴史を紐解けば、「太平の眠りを覚ます」といわれたペリー率いるアメリカ艦隊と幕府のあいだで日米和親条約が結ばれ、日本で最初に世界に向けて開かれた港です。
現在では、金目鯛の水揚げ量が日本一という漁業の街としても知られます。

そんな自然と歴史にあふれる下田の街の一角に位置するのが、『NanZ VILLAGE』。白いタープと緑の芝生広場をカフェやマルシェ、かき氷店やハンバーガーショップ、コワーキングスペースが囲み、サーフカルチャーの薫りが漂うスペースです。

『NanZ VILLAGE』の「NanZ」は、「南豆」、つまり「南伊豆」を意味します。かつてこの下田を象徴する、ある建物があった場所だということですが……。『NanZ VILLAGE』を運営する(株)VILLAGE INCの梅田直樹さんにお話をうかがいました。

――もともとは、どんな建物があったんですか?

ここは、以前『南豆製氷』という氷の工場があった場所です。下田は昔から漁業の町で、冷蔵庫や冷凍庫を漁船に積めない時代は港から氷を積んでいって、獲れた魚を冷やして帰ってくる。そのために、1923年(大正12年)に地元の人たちがお金を出し合って建てた工場でした。
その役目を終えてからも地元のシンボルとして愛されていましたが、耐震工事に費用が必要だったり、東日本大震災の後には近隣の方から倒壊の危険性を指摘されたりして、2014年に取り壊されました。その後ご縁があって、2015年から今の形での営業を始めています。

――夜の写真も撮らせていただきましたが、すばらしい雰囲気ですね。

いい雰囲気過ぎて、若干街の中では浮いてるかもしれない(笑)。今現在、来てくれるお客さんの多くは観光客や海外の方など、街の外からですね。地元の方は3割くらいでしょうか。人口もやや減っているので、夜出歩く習慣や文化も少しずつ薄れているかもしれないですね。
いずれは地域に溶け込んでいきたいですが、10年くらいの長いスパンで考えています。

――「地域密着」って簡単に言いますけど、新しいものを受け入れるのは難しいことですね。

ある種、そこは無理しないようにしています。僕も隣の街に行ったらヨソ者ですし、知らない人や外国から来た人が突然隣に来たら「何だろう」って思いますから。
下田は古い街なので、いろんなコミュニティがあるんですよ。僕は父親の代から下田に住んでいて、もう70年になるんですが、それでも「地元ではない」という感覚はあります。伝統のあるお祭りを続けていたり、地元のコミュニティにもいいところはたくさんありますけどね。

若い世代の挑戦を支えたい

――やはり、「人」のところでは苦労があったんでしょうか。

あえていえばそうですが、今はあまり感じてないですね。僕がただここで頑張っていてもいきなりお客さんは増えないですから、だったら新しいつながりを作ろうと思うようになりましたから。
ずっと家業の板金業をやってきて、42歳のときに一気に新しいことを始めました。若いころは東京に出ようって思ってたんですが、父親が倒れて自宅介護の状態になってしまって。それで父の仕事を継いで、ずっと下田にいました。外に出たことがないんで、ヨソをまったく知らないんですよ。でも、そんな自分を変えたいと思って。
その頃ちょうど長男は高校受験の時期で、奥さんからは相当いろいろ言われました。そこで立場が逆転して、今は家のことも何でもやってます(笑)。

――人生が落ち着いてくると、普通はなかなか新しいチャレンジはできないですよね。

僕は今47歳ですが、僕より上の世代になるとそれこそ安定した人生になりますし、なかなか新しいことをやろうと思わないんですよ。僕自身は40代で大きな方向転換をしたんですが、やっぱり上の世代よりも若い世代、次に来る人たちと何かやってる方が楽しい。
とはいえ、30代となると普通は仕事にも脂がのってくる、結婚して子どももできるわけで、周りもみんなそうじゃないですか。意外と身動きが取れなくなる。そんなときに、彼らから見て上の世代にあたる僕たちが楽しそうにしていれば、もっと動きやすくなるのかなって思ってます。上の年代の人たちに、「いいじゃないですか、やらせておけば~」って言いながら、若い人たちが自由にチャレンジできる空気を作るのが僕たちの役目ですよ。
若い世代の人たちは見えているものも違うし、新しい価値観に出会うこともできる。人間は動物だから変化を嫌うものですけど、どうせ人生は1回しかないんだから、変化を楽しんでほしい。人生のサイクルって早いじゃないですか。

「僕だけ信用してくれ」

――梅田さんご自身の、次のチャレンジは何でしょうか。

いま、『NanZ VILLAGE』の仕事をしながら、株式会社LIFULLが運営している「Living Anywhere Commons」のコミュニティマネージャーをやっています。ここ『NanZ VILLAGE』がワークエリアとコミュニティエリア、稲生沢川の対岸に船員さんの寮だった建物を改装したレジデンススペースとして、滞在しながら仕事や交流できる、「ワーケーション」を楽しむ仕組みです。
やってることは今までとあまり変わらないんですよね。何かイベントやりたいという人がいれば調整したり弾除けになったり、行政に提案したり。僕自身、もともと誰かと誰かを紹介するのがすごく好きで、「この人とこの人が会ったらすごく楽しそう!」という思い付きを実現させるのが好きで。だから、今それをできていてすごく楽しいです。
「静岡移住計画」もそうですけど、表に出ていることの裏で動いている人たちってたくさんいるじゃないですか。そんな人たちの動きを見ながら自分も動いていく。
「ワーケーション」っていわれても、地元の人はイメージできないわけですよ。「県外の会社が来て何かやってるけど、どうせそのうちいなくなるんだろ」って言われる。
でも、会社がいる間は街にお金が落ちますし、「もし会社がいなくなっても、何があっても僕はいますよ。だから、僕だけ信用してください」って話をしています。
すると、みんな「しょうがねえなあ」って動いてくれる(笑)。もちろん、僕も間違うことはたくさんあるし、裏でボロボロに言われてることもあるし、でも面白いなって。

――いろいろ言われて、頭にくることもあるんじゃないですか。

最初はありましたよ。30代だったら「なんだこの野郎!」ってなってたかもしれない。でも、いい歳なので「自分の伝え方が下手なんだな」って思えるようになりました。誰でも毎日気分は変わるし、うまくいかないことがあるのも当然じゃないですか。
ワーケーションにしても移住や観光にしても、人がたくさん来ることで何かが生まれるという期待はあります。それは形のないもので、でも今はハッキリとした形のない仕事って多くなってきてると思うんですよね。
でも、売上とか利益とかしっかりした数字の裏付けがないと、その上に明かりはつけられない。だから、ちょっとずつ裏で調整しながら灯りを灯し続ける。『NanZ VILLAGE』 をそんな場所にしていきたいですね。

表向きとしては“勢い”が先行しているように見えている方もいるかもしれませんが、その裏では梅田さんの細やかな地元とのコミュニケーションがあってこその出来た場なのだと思います。もちろん根底にある“楽しむ”という軸はブラさずに未来を見据えている姿は、下田のこれからを変えていくものになるのかもしれません。
(文・写真=深水央)

【NanZ VILLAGE】
http://nanz.villageinc.jp/
静岡県下田市1-6-18
TEL:0558-36-4318
営業時間:11時〜22時
定休日:各店舗による