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これからの生き方を考えよう、をコンセプトに立ち上がった、「生き博(旧生き方見本市)」。現在では全国13箇所でイベントが開催され、2020年8月1・2日に生き博 SHIZUOKA Vol.2が開催されます。今回は、生き博 SHIZUOKA代表の大庭周さん、副代表の村上萌さんに、開催にいたったきっかけや想いについて、お話をおうかがいしました。

―最初は「生き博 TOKYO」の運営から参加されたとのことでしたが、参加をしたきっかけを教えて下さい。

自分自身は高校まで静岡にいて、東京の大学へ進学し、業界最大手のメーカーに就職しました。でも入社して3ヶ月、社会人としての新しい環境に慣れはじめた頃、なんでこの会社に入ったのだろうと、ふと考えてしまいました。(大庭さん)

―周りからみれば順調なキャリアにも見えますが、なぜそのように考えたのでしょうか?

振り返ってみると、地元静岡を離れてなんとなく大学へいき、なんとなく企業に入って働いているだけで、自分がどういう働き方・暮らし方をしたいのかしっかり考えてこなかったんですよね。だから自分の責任で選択してこなかったんだと気づいてしまったんです。そこで、もし就職活動の時にもっとしっかり考えていれば、という後悔が生まれてしまいました。
だからこそ、そのタイミングから自分自身の目指す働き方・暮らし方が何かを意識し行動しはじめました。それと同時に、自分と同じような後悔を持ってほしくないと想い、高校生や大学生、社会人という幅広い世代に対して、一度立ち止まって、これからの生き方を考える機会を提供する「生き博 TOKYO」の運営に関わるようになりました。(大庭さん)


▲生き博TOKYOの写真

―「生き博TOKYO」の運営から、主催者として「生き博 SHIZUOKA」を開催されたきっかけを教えて頂けますか?

東京では、「生き博TOKYO」のように「生き方」について考えるイベントや機会が若い世代向けに、多くあるんですが、静岡ではそういった機会や場所が少ないと感じていました。例えば自分の地元である裾野は富士山がきれいに見え、人も優しく、すごくいいところなのですが、枠組みから外れたことを仕事にしたり、やろうとしている人に対して、批判的な空気感がありました。だからこそ、生き博を静岡でも開催することで、そのような空気感をなくし、静岡の若い世代にも一度立ち止まって、「生き方」について考える機会を提供したいと思いました。開催前までは不安もありましたらが、第一回目は82人の方があつまり、大盛況の中、開催ができました。(大庭さん)


▲1回目の生き博SHIZUOKAの写真

―静岡の良さはどんなところにあると思いますか?

静岡県内でも地域ごとに文化が異なったり、いろいろな活動をしている面白い人がいるので、他の県以上に多様性があるところですかね。
温厚な人が多いのはどのエリアでも共通ですけど(笑)。
街の雰囲気もそれぞれカラーがあって、東京へのアクセスもいいので、自分の理想の暮らしや働き方に合わせて住む場所を選べるところが魅力だと思います。
例えば沼津や三島なら、ゆったりとした時間が流れる街で子育てをしながら東京との二拠点生活もできますし、伊豆で思いっきり大自然に囲まれて自由に暮らすこともできます。
だから自分のしたい生活にフィットする場所がどこかなという視点で見てみるのも面白いと思います。(村上さん)


▲静岡で好きな場所、風景の写真(村上さん)

―第2回となる今回の「生き博SHIZUOKA」は、どのようなテーマなんでしょうか。

今回は、「えらぶをあじわう、しずおかで。」をテーマとしています。私たちは、日々の買い物から受験・就職・結婚・転職、転居といった場面で何かを「選ぶ」という行為を重ねています。ただ、なんとなく選んでしまった結果、後悔したという経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。今回の「生き博 SHIZUOKA」では、1年を通して「選ぶ」ということにフォーカスを当て、これからの生き方を考えていきます。
具体的には、Uターンで静岡に戻ってきた人、県外出身で静岡に移住した人、東京と静岡の2拠点生活をしている人、他県に住みながら静岡に関わっている人。
当日はこの4人の方からそれぞれの視点で、なぜその生き方を選んだのか、お話を聞きたいと思っています。充実した日々を過ごしたいけれど、何をしたら良いかわからない人や、これからの進路や就職先、転職先を悩んでる人などは、是非参加してもらえればと思います。(大庭さん・村上さん)

■生き博 SHIZUOKA Vol.2生き博 開催概要

▽開催日時
本セッション:2020年8月1日 (土曜)16:00~18:15 (予定)
振り返り・アフターセッション:2020年8月2日(日曜) 10:00~11:30
(こちらのセッションはアフターセッション付きチケットを購入されたのみ参加可能です)

▽形式
オンライン開催(オンラインチャットツール「ZOOM」を使用します)
※参加される方は事前に使用方法をお調べください。パソコンでの参加を推奨いたします。
※お申し込みいただいた方には、イベント当日までに参加のためのURLをpeatixにご登録いただいているメールアドレス宛に送付させていただきます。

▽参加費
①一般チケット:500円(8/1のセッションのみ参加できます)
②アフターセッション付きチケット:800円
(8/1のセッション・8/2のアフターセッションに参加可能です)
③次世代を応援するチケット:1,000円(こちらのチケットで高校生が最大10名無料参加できます)
④オンライン開催応援チケット:1,500円
(8/1のセッション・8/2のアフターセッションに参加可能です)
⑤次世代を応援するチケット(アフターセッション付き):1,300円
(8/1のセッション・8/ 2のアフターセッションに参加可能+高校生が1名無料で参加できます)

※いずれのチケットも枚数制限があります。
売り切れた場合は追加販売はしないか、値上げをさせていただいての販売となります。気になるコンテンツがある方は、お早めにお申し込み・ご購入をお願いいたします。

▽申し込み
https://peatix.com/event/1530701/view
※必ずこちらのサイトよりチケット購入をお願いいたします。

▽お問い合わせ
TEL:070-1187-4752(大庭)
Email:ikikata.shizuoka@gmail.com

▽主催
生き博 SHIZUOKA実行委員会

▽後援
静岡新聞・静岡放送局
K-mix
静岡移住計画(静岡鉄道株式会社運営)

▽備考
①開催内容はすべて録画(レコーディング)させていただきます。事前にご理解いただきますよう、よろしくお願いいたします。画面に映ることを避けたい方は、カメラオフでのご参加(また名前をあだ名にするなど)をお願いいたします。
②ZOOM・チャット欄でのテキスト化のサポート、終了後のグラフィックレコーディングの共有は行います。

 

榎戸さんは、大手建設会社にて日本を飛び出し海外でも働いていましたが、現在では「オフィス・エノキド」を立ち上げ、地元静岡にてフリーランスとして、写真・ドローン・動画の撮影、Web制作をされています。前職とは大きく違う今の働き方は「自分で選んだ働き方」と話す、榎戸さんにお話をお伺いしました。

――大手建設会社にて海外で働いているところから、静岡でフリーランスとして働くことは、大きな転換だと思いますが、そのきっかけを教えて頂けますでしょうか。?

はい。当時はゼネコンのタイ・現地法人で駐在員として働いていました。
給与や待遇面としては恵まれた生活をおくっていましたが、現地で出会った日本人と結婚し、
子どもも生まれて40歳直前になった時に、自分の人生であるにもかかわらず、自分の基準ではなく人からの評価で、自分の仕事や暮らし方を選んでしまっていることに気づきました。


▲タイで暮らしていた時の写真

――人からの評価で仕事や暮らし方を選んでしまっている、というのはどういうことでしょうか?

普段あまり意識しませんが、人生におけるいろんな選択は、親や友人・他人にどう思われるだろうかとか、この選択をしたら喜んでもらえるんじゃないかなど、自分の意志で選んでいるようで、実は選ばされた選択をしてると思います。
多くの人はそんなことは気にせずに、今いる会社で勤め上げていくと思いますが、それもひとつの幸せだと思うし、その選択に正解も不正解もないと思っています。
ただ、いまいち仕事にのめり込めずに真剣になっていない自分にも気づいていました。それであれこれ考えた結果、仕事に一生懸命になれない理由が「選らばされた仕事」だったからじゃないかということに気づきました。
はっきりとそれが理解できたのは、フリーランスとして働くようになってからですが、在タイ中に子どもが生まれ、子どもと過ごす時間が楽しく、育児に参加したいけれども、仕事が忙しく思うような暮らしが出来ていないことに違和感を感じていたところ、ちょうど日本への帰任も決まったため、そのタイミングで、一度サラリーマンという働き方を辞め、「自分で選んだ仕事をしてみよう」と思い、バンコクで出会った写真家の沖野豊氏に師事し、カメラマンを目指すようになりました。

――40代手前で、大手建設会社を辞め、カメラマンを目指すことに、不安などなかったのでしょうか?

サラリーマンとして建設会社で15年働き、国家資格もいくつか持っていたことから、仮にカメラマンに挑戦して結果失敗し、何年かのブランクがうまれてしまっても、再就職はできるだろうという見込みがあったので、そこまでの不安はなかったです。

――カメラマンとしての仕事を本格的に始める際に、静岡という土地を選んだ理由はなんでしょうか?

子どもの将来を考え、ニュージーランドやフィリピン、タイなども実際に現地を見に行って移住するかを検討しましたが、新しい土地で言葉も不自由な中、さらに新しい仕事を始めるという多重のリスクよりも、地元である静岡なら、いざというときに頼れる実家もあり、自分で事業をやっている友人とのつながりも多かったので、静岡を選びました。

――地元とはいえ、20年ぶりの静岡で、フリーランスとして働く際、最初は大変だったのではないでしょうか?

そうですね。最初は静岡青年会議所や静岡商工会議所青年部などに入会して、まずは静岡のコミュニティに入ることを意識していました。最初はとにかくお金が心配だったので、とりあえずお金になりそうであれば何でもやっていましたが、今はしっかりとビジョンを持つ人との仕事を選んで取組んでいます。
その方が緊張感を持って取り組め、自分にとってもいいパフォーマンスを発揮できるからです。自分が思う静岡のいいところは、真剣に仕事をし、ちゃんと結果を出してさえいれば、口コミで次の仕事へと繋がっていくところです。なので、一つ一つの仕事にしっかりと取組み、実績を作っていければ、仕事は増えていくし、それがやりがいにもなっていきます。
またWebサイト経由で、首都圏や近県の仕事を頂くこともありますが、東海道新幹線や東名高速道路や中部横断自動車道も伸びていますので交通アクセスも良く、静岡以外での仕事も拡がっています。

――真剣に仕事に向き合い、結果を出すことで、評価され次の仕事につながる、というのは確かにやりがいにつながりそうですね。

サラリーマンは会社で得た利益が給与として分配されますが、フリーランスになってからは、自分の仕事の対価がそのまま報酬となるためダイレクト感があり、サラリーマンと違った刺激があるため、お金へのありがたみや緊張感が全く違いました。それが仕事のモチベーションにもつながっていると思います。


▲仕事をしている時の写真

――現在の仕事に対する充実さを感じますが、プライベートでも何かチャレンジされていることはありますか?

トライアスロンが趣味で、日本代表としてマスターズ世界選手権出場を目指して練習を重ねています。静岡はジョギングする場所もたくさんあるし、日本平などバイク練習する場や50mプールも割と近くにあるので、いいですね。


▲トライアスロン参加時

大手建設会社からフリーランスへと働き方を大きく転換し、静岡へ移住した榎戸さんのお話を聞くと、フリーランスとして静岡で働くことの楽しさを感じるとともに、あくまで「自分で選んだ働き方」として能動的に動いた結果、充実した生活をされていることがうかがえます。

サラリーマンからフリーランスになり、移住を考えている方は、自分にとって何が大切で、何が不満なのか、それらをまず整理し、その上で、「自分で選んだ働き方」を何か考え、積極的に行動に移すことが大切なのかもしれません。

昨年11月にも開催し好評頂いた、
『静岡移住計画』による移住セミナーを
今回も静岡市とコラボし行うことが決定致しました!

今回はオンラインと会場の同時開催のため
ご自宅にいながら参加することが可能です!

☑静岡での暮らしに興味がある方
☑デュアルライフ(二拠点居住)に興味がある方 
☑今の働き方、暮らし方に疑問を感じている方  etc・・・

地方での暮らしに興味のある方に
おすすめのセミナーとなっております!
セミナー終了後には個別相談の時間も設けておりますので
是非ご参加ください。

【セミナー内容】
■第1部
「静岡移住計画」を徹底紹介!
また静岡鉄道グループの地域の生活に根差した事業
電車・バス・タクシー・不動産・スーパー・ホテルなどのご紹介はもちろん、
静岡の暮らしについてもご紹介いたします。

■第2部
静岡と東京でのデュアルライフ(二拠点居住)実践者によるトークセッション!
静岡と東京の働き方の違いやライフスタイルを語っていただき、
リアルなお話を聴く貴重な機会を通して本音を深掘りしていきます。
質疑応答の時間も設けておりますので、デュアルライフについて
興味がある方はこの機会に是非聞いてみてください。

セミナー終了後には、ワンストップ個別相談会を開催します!
静岡鉄道の物件情報や新規採用・中途採用情報のほか、
静岡鉄道沿線を中心とした暮らしや遊びの情報まで惜しみなく提供します。
事前予約制となりますのでぜひお早めにお申し込みください!
(※当日は会場参加者のみ。オンライン参加者は、
後日「静岡移住計画」オンライン個別相談会を開催します。)

参加希望の方は以下の申込書を
表記されている申込先【静岡市移住支援センター】まで
FAXまたはE-mailにてお送りください。
https://shizuoka-seikatsu.jp/slifewp/wp-content/uploads/2020/06/c958d139c0ff6ad6cde601a8c97c85e6.pdf

皆様のご参加心よりお待ちしております。

※会場では新型コロナウィルス対策を徹底した上でイベントを開催致します。
 詳しくは、ふるさと回帰支援センターHP
「新型コロナウイルス感染予防対策及び来館される皆様へのお願い」をご確認の上ご来館ください。
https://www.furusatokaiki.net/topics/coronavirus_20200527/
ご理解とご協力の程、宜しくお願い申し上げます。

静岡駅周辺に住居を構える青木真咲さんと阪口瀬理奈さん。青木さんは株式会社Otonoの代表取締役社長をつとめ、阪口さんは静岡経済研究所のメンバーとして活動する傍ら、ふじのくにICT人材育成プロデューサーとして活動しています。そう聞くと静岡と深い関わりがありそうですが、実はふたりとも、大学時代までずっと関西で育ってきた、生粋の関西人。そんなふたりが静岡を訪れ、移住を決意するまでに至った経緯は何だったのか。その裏に潜む想いを伺いました。

仕事中心だった会社員時代

――はじめに、お二人の関係性について教えてください。

阪口さん:青木とは中学、高校、大学まで一緒でした。いわゆる“腐れ縁”ってやつですね。高校までも友人の一人ではありましたが、そこまで仲が良かったわけではなくて。大学で同じ部活に入ったことで、一気に距離が縮まりましたね。

青木さん:大学では、アメフト部のマネージャーになりました。チームの運営や組織づくりを中心に行っていたので、仕事みたいなことを学生時代から経験させていただきましたね。阪口とは仕事仲間のような感覚が強く、お互いにとってよき理解者でした。

▲大学時代

――大学卒業後、バリバリとお仕事をされていたようですね。どんなお仕事をされていましたか?

青木さん:日本経済新聞に入社し、新聞記者になりました。配属は東京の、株式の投資情報を扱う部署でした。名の通った企業の代表に出会う機会も多く、刺激とやりがいに溢れていましたね。ただその反面で、自分のやりたいことは一攫千金の投資情報を届けることだろうか?という悩みも抱えていました。会社と自宅の往復で、仕事が生活の中心になっていました。

阪口さん:私も入社時の配属で上京しました。シンクタンクの三菱総合研究所に入社し、IT関連の調査が主な業務でした。新しいトレンドやIT政策に関わるプロジェクトに携わることができて、面白い仕事でした。ただその分、青木と同じく、平日は家に帰るのも遅く、自炊をすることもなく、食事は外食ばかり。そんな日々を送っていました。

――大変な日々を過ごされていたんですね。そんな中、静岡に移住を考えたきっかけは何でしたか?

青木さん:4年目の異動で静岡に来たことですね。静岡に訪れたのは初めてだったのですが、何だかとても気に入って。想像していた普通の地方都市とは、良い意味で違っていました。街全体が綺麗だし、空が明るくて、人々は活気に溢れている。商店街に行くと、地場のお店がたくさん出店していることにも驚きましたね。簡単に言うと、「豊かな街なんだな」そう感じました。静岡への異動は期限付きだったので、いつか東京へ戻ることは決まっていたんです。任期が近づくにつれて、東京に帰って大企業の中で働くよりも、静岡にいた方が豊かな生活が送れるのではないか?と思うようになりました。そして、2017年3月に退職しました。

阪口さん:私は青木が退職した後もまだ、同じ会社で仕事を続けていました。相変わらずの忙しい日々で。そんなとき、静岡に住んでしばらく経った青木と連絡をとる機会があったんです。自由にのびのびと暮らす話を聞いて、純粋に「いいな」と感じましたね。それからしばらくして、退職することが決まって。その時点ではまだ、静岡に住むことは決めていませんでした。でも静岡に来て過ごしてみるうちに、気づいたら静岡の虜になってしまった(笑)退職から4ヶ月後に、自然な流れで静岡に移住することを決めました。

静岡という新天地での生活

――知らない土地で一から始めることを決意されたわけですね。今のお仕事はどんなきっかけで始められましたか?

阪口さん:ありがたいことに、人からのご紹介が仕事に繋がっています。私は今、複数の肩書を持ってお仕事させていただいています。「ITで課題を解決する」ということを軸に、静岡経済研究所ではICT政策や、IT人材育成に関する調査を行っています。兼任している静岡県産業振興財団では、ふじのくにICT人材育成プロデューサーとして、ICTに関する人材の確保・育成や企業間連携に向けたアドバイスをさせていただいています。

青木さん:「静岡はいい土地なのに、知られていなくてもったいない」という想いが強くありました。以前の私のように、東京での生活に疲れている人に知ってもらいたいと考え、何か形にしたいと動いていました。そんなとき、”ドラマ型の音声で、場所が持つストーリーを伝える”というコンセプトの事業立ち上げに誘われ、「これだ!」と直感したんです。なんとか会社設立にこぎつけ、その後代表取締役に。もちろんプレッシャーもありますが、外から来た私だから伝えられることがあると思い、日々の仕事に取り組んでいます。

▲株式会社Otonoメンバー

――静岡に住んでみての生活はいかがでしょうか、何か変わりましたか。

阪口さん:良いことばかりですよ!生活の質が格段に上がりました。人として当たり前のことかもしませんが、3食きちんと食べてしっかり睡眠時間をとり、歩いたり運動したりする時間が確保できるようになりました。自炊するようになって体調も良くなり、目の下のクマも消えましたね。それに、年収は減ったはずなのに、会社員時代よりも貯金ができました(笑)いかに無駄な支出ばかりだったかと反省しますね。こうして振り返ると、「便利なことが必ずしも幸せに繋がるわけではないな」と痛感しますね。

青木さん:本当にそうですね。東京は機能的で便利でしたが、どこかバーチャルな世界だったように感じます。欲しいものはなんでもコンビニや通販で揃えられるから、誰かと会話する必要がない。通りすがりの人が何か困っていても、見て見ぬふりが当たり前。この街に自分は必要とされていないんじゃないかってふと感じることも多くて。反対に静岡には、東京にはない豊かさや、人間らしさがあるなと感じます。仕事でも日常生活でも、「自分が必要とされている」という実感が持てるんです。“あの人最近見かけないけど元気かな?”と心配したり…生きているだけで、ちょっとした幸せが積み重ねられる街だなと思います。

阪口さん:それから、顔が見える仕事ができるところも良い変化だと感じています。前はすごく大きなプロジェクトや数字に携わっていたけれど、どれもリアリティがなかった。今だったら、例えば工場の社長さんに話を伺って、その人のために、何かできないかを考える。数字ではなく、一人ひとりと向き合って仕事ができているなと実感しますね。

▲青木さんが静岡で好きな風景(澄みわたる青空と富士山)

▲阪口さんが静岡で好きな場所(清水港ー三保間の水上バス)

移住先としての静岡と、これから

――移住を考えている人にとって、静岡はどんな場所でしょうか?

青木さん:土地によっては、外から来た人を排除する文化が根付いているところもあるっていいますよね。静岡の人には、そんなところが全くないところが良いなと思います。関西出身の私を偏見もなく受け入れてくれ、頑張ってと応援してくれる。すごく良い文化ですよね。

阪口さん:それわかる。出張や転勤で人の出入りも多い土地なので、外の人に慣れているのかもしれないですね。それに、純粋に暮らしやすい街だなとも感じています。少し歩けばスーパーにも薬局にも行けるし、洋服だって買える。こんな便利な街、なかなかないですよ。

――最後に、今後の抱負や目標についてお聞かせください。

阪口さん:お仕事をさせていただく中で、優秀な方が多い街だと感じています。それなのに、そのことに気づいていない方が多いことがもったいないな、とも感じます。例えばエンジニアを探している企業さんが、すぐに東京から人を呼び寄せようとしたり、反対に優秀な学生さんが、静岡では活躍できないから、東京に行こうとしてしまったり。そんな方々を繋いで、静岡県内で良い循環を生み出していくお手伝いをしたいと考えています。

青木さん:静岡で事業を立ち上げたので、この場所で出来ることをたくさん形にしていきたいですね。常に街や社会の課題と繋がりながら、自分にできることを静岡に、社会に還元したい。これからどんどん、住む場所は自ら選ぶ時代になってくると思うんです。「静岡は自分らしく生きられる選択肢がたくさんある場所なんだよ」ってことを、一人でも多くの方に知っていただける事業を展開していけたらと思っています。

今後の抱負や目標を、生き生きと語ってくれた青木さんと阪口さん。その表情に、そして言葉に、今の生活の充実度が溢れていました。活躍するフィールドは違っても、静岡を愛する気持ちは同じ。ふたりの想いに共感し、静岡に移り住む人がきっと増えていくことでしょう。

(文=藤田 愛、写真=静岡移住計画)

静岡市内から車で30分ほど走らせたところにある玉川地区は、静岡県の北部にあるお茶や林業で栄えた地域。都会からのアクセスもよいため、ここ数年家族での移住を検討する人が増えているそう。そんな玉川地区で2歳のお子さん、あかりちゃんを育てながら『自然保育 森のたまご』をはじめられた原田さやかさん。株式会社玉川きこり社を立ち上げ、玉川地域を盛り上げ続けているさやかさんが、どのようなきっかけで『自然保育 森のたまご』をしようと思ったのでしょうか。

「限界集落」がはじまり

――まずはさやかさんのご出身地と、静岡に来たきっかけを教えてください。

私の出身地は愛知県豊橋市です。大学進学をきっかけに、静岡県にきました。実はずっと写真家になりたかったのですが、両親に大反対されていて。でも、どうしても我慢できず、大学3年生の時、イギリスへ渡り写真について学びました。大学卒業後は、静岡市内のフォトスタジオに勤務し、その後フリーランスのカメラマンになりました。

――玉川地区との出会いは、フリーカメラマン時代でしょうか?

その後ですね。フリーカメラマンをしばらくした後、静岡の地域情報誌「すろーかる」に所属しました。そんな時、テレビで「限界集落」という言葉を初めて知ったんです。それまで「山に住む」という感覚が全くなくて、すごく衝撃を受けたのを覚えています。静岡にも限界集落があるなら、自分の手がけている情報誌を通じて、何かできないかな?と思うようになりました。そんな時に紹介してもらったのが、玉川に住むおばあちゃん、岩崎さんでした。お家に遊びにいってみると、それはものすごい山奥で(笑)。でも、家の隣には茶畑が広がり、庭には梅の実がなっていて、自然と共存している暮らしをなさっていました。その景色を見た時に、なんて美しい暮らしなんだろうって感動したんです。その頃の私は、徹夜続きで、3食外食は当たり前。仕事一筋で、この玉川地区で生活をするなんて考えたこともありませんでした。ですが岩崎さんや玉川地区から与えていただくものが本当に多くて、だんだんと「この玉川の暮らしを、魅力をたくさんの人に伝えたい」って思うようになりました。

▲岩崎さん

――素敵な出会いですね。その時に立ち上げたのが、「安倍奥の会」ですね?

はい、そうです。2008年に「安部奥の会」を結成しました。メンバーには、玉川の住民はもちろん、静岡市内の方や学生さんなどもいました。「流しそうめん祭り」というイベントをしたり、地域の情報をまとめた「玉川新聞」を発行したり、玉川の魅力を伝える活動を続けました。地域の人は「こんなところ、何もない」っていうんですが、私から見たら宝物がたくさんです。だからこそ、地域の人に玉川の魅力を再確認してほしい、そして外の人にも玉川を知ってほしいという思いで活動を続けていました。でも、イベントや新聞を続けていても、玉川地区の人口は減っていく一方です。この状況を変えるためには、本気で村と向き合っていかないといけないと思うようになってきました。
(さらに…)

だれかに紹介したいお店…それは提供される商品の質はもちろん、中で関わっている“人”に魅力があるのではないか。そんな想いからこのシリーズではお店の中の人にフォーカスしつつ、お店を紹介していきます。

新しい文化の発信拠点に

JR静岡駅から歩いて12分。江戸時代は旅人が立ち寄る宿場として栄え、今は再開発が進むエリアに『泊まれる純喫茶 ヒトヤ堂』は佇んでいます。築50年の大正ロマンあふれるこの建物は、2018年6月にオープン。平日の昼下がり、自転車で訪れるシニアの男性や学生、女性グループなどでにぎわい、スイスから観光に来た若い女性も楽しそうに話していました。喫茶店のカウンターに立つのは、20代の女性3人。26歳でヒトヤ堂を立ち上げた村松佐友紀さんが、肩ひじ張らずにこれまでの道のりや思いを語ってくれました。

学生のときに語っていたこと

――とても趣のある素敵な空間ですね。村松さんがこちらを立ち上げるまでのことを教えてください。

えっと、いつも行き当たりばったりなんですけど…(笑)、私は静岡県牧之原市で生まれ育ち、街中のディスプレイや店舗の装飾などに興味があって、武蔵野美術大学で空間演出を学んでいました。その後静岡の実家に戻り、地元で広告の企画営業の仕事をしていました。

――広告の仕事からいまの飲食・宿泊業はかけ離れている気がしますが、何かきっかけがあったのでしょうか?

広告の仕事に就いたのは、たまたまでした。私は学生時代から海外のゲストハウスを利用することがあり、いつかゲストハウスをしてみたいなという思いがありました。でもタイミングがなく、いつしかその想いも遠のいていて…。ただ、働き始めて営業の仕事をしていると、経営者と話す機会が多く、経営も面白そうだなと思っていました。そしてもう一つ、背中を押される出来事があったんです。

――何でしょう?

ここを一緒に立ち上げた相方は、大学時代からの友人なんです。24歳の時に彼女と話していたら、「学生のとき、ゲストハウスをやりたいって話してたよね」と言われてハッとして。ちょうど1年更新の仕事をどうするかと考えていたタイミングだったので、「やるなら今だな、本気で考えてみよう」と。彼女は東京出身で、当時東京でCMや映画の美術スタッフとして仕事をしていたけど、一緒にやろうという話になりました。

――夢が動き出した瞬間ですね。何から始めたのでしょうか?

まずはゲストハウスができる物件を探しました。でも不動産屋を回りましたが条件が合わず、空き家バンクを探しても厳しく…。しばらくして、ビルのオーナーさんを紹介してもらう機会があり、「直接オーナーさんに当たればいいんだ!」と気付き、地域おこしに携わっている会社にアプローチして、この物件に巡り合いました。ここはもともと喫茶店で、奥は住居。その方が喫茶店をやめるため、別の借り手を募集されているところでした。私たちがやろうとしていることを伝えると、オーナーさんも興味を持って下さり、ついに物件が決定。そして相方が退職して静岡に移住し、2018年6月に『泊まれる純喫茶 ヒトヤ堂』をオープンしました。

――喫茶店を残して、ゲストハウスにされたのですね。素敵な内装はリノベーションしたのですか?

当初喫茶店の経営は考えていませんでした。でも初めてお店を見に来た日に、この場所が無くなってしまうのはもったいないと思ったんです。約40年も営業を続けてこられた前の女性オーナーさんとも話をし、地域に愛されていた喫茶店を引き継げることに。喫茶店の内装はそのまま残し、住居部分だった奥のスペースは大改造。ものづくりが得意な相方と、たくさんの友人の手も借り、できるところは自分たちでリノベーションしました。
(※セルフリノベーションの様子はhttps://hitoyado.com/で紹介されています)

(さらに…)

だれかに紹介したいお店…それは提供される商品の質はもちろん、中で関わっている“人”に魅力があるのではないか。そんな想いからこのシリーズではお店の中の人にフォーカスしつつ、お店を紹介していきます。

新しい文化の発信拠点に

静岡といえばおでん!……というイメージが全国に広がったのはいつ頃のことだったでしょうか。静岡駅の駅ナカから駅南の飲食店街、そして青葉通りの「青葉横丁」「青葉おでん街」と、静岡の街には「静岡(しぞーか)おでん」を看板に掲げるお店が所狭しと並んでいます。

黒い煮汁に浮かぶ黒はんぺん、皿に取って削り節粉や青のりを食べていただくお味はまさに絶品。全国においしい鍋物は数あれど、この静岡おでんは他では味わえない絶品です。

その静岡おでんを、静岡の街の象徴・駿府城公園で味わえる『おでんや おばちゃん』が2018年にオープン。通年営業・定休日なし、しかも午前10時から営業とあって、老若男女を問わず幅広い年齢層に愛されています。
でも、なぜ公園におでん屋さんなんでしょう。ここはぜひお話を聞いてみたい……ということで、店主の杉浦孝さんにお話をうかがいました。

会話が最高のつまみ

――城跡の公園におでん屋さんというのは珍しいですね。

「静岡おでんの会」という集まりのなかで、「どこか公園のようなところに、おでん屋があったらいいねえ」という話はずっとありました。他の公園でという話もありましたが、やはり観光客も多い駿府城公園がいいだろうと。観光のついでに静岡の名物であるおでんを楽しんでもらいたいですからね。

――観光地である駿府城公園にあると観光客も気軽に立ち寄れますね。駿府城公園のお店はお昼から営業ということでお子さん連れのご家族でも行きやすいですね。

そうなんです。気軽に“駿府城公園におでんを食べに行こう、ついでに史跡も見ていこう”というかたちにしていきたい、という話を「静岡おでんの会」のメンバーを前に熱く語ったわけですよ(笑)。それを「おでんの会」のメンバーがきちんとした文書に整えてくれて、市に申請したわけです。
ちょうど市の方でも、民間の力を活用した公園の利用について新しい試みをしたいと考えているところだったようです。以前この場所には、公園の売店と食堂があったんですが、この駿府城公園にくる方はやはり県外や市外の方が多いので、朝からでも静岡のおでんを食べてもらいたいですよね。

お店に来ていただくお客さんは、県外・市外の方がほとんど。もともと、夕方16時から営業している「青葉横丁」のお店でも県外や市外の方がほとんどですが、ファミリー層は少ないので幅広い層に静岡おでんを楽しんでいただけるようにしていきたいと思っています。

おでんだけでなく、静岡にゆかりの無い方々にも楽しい時間を過ごしてもらおうと、いろいろと工夫をしています。たとえば、県ごとに一冊ずつノートをつくって、メッセージを書けるようにしています。自分の関係のある県から来たという書き込みを見ると、なんか楽しいじゃないですか。最近は海外の方も多いので、国ごとのノートも追加しています。

――たしかに自分の出身地のノートとか見たくなりますね。そういえば、なぜ「おばちゃん」という店名なのですか。見たところ、杉浦さんは「おじちゃん」ですが……。

お店に立つのは、僕以外はほとんどおばちゃんですから(笑)。最年少で68歳かな。もともと静岡のおでん屋さんは、B級グルメブームが来るまではおばちゃん一人で常連だけを相手にやっているようなお店がほとんどだったんです。
それがブームの到来で急に県外からの人も増えて、なかなか対応しきれない状態もあった。今では観光地化が進んで、経営してるおばちゃんがパートのおばちゃんを雇って、忙しくお店を回しているという状態のところもあります。
うちでは、駄菓子屋さんにいるおばちゃんのイメージでお客さんに声をかけてくれ、っておばちゃんたちにお願いしています。これが若いお兄ちゃんやお姉ちゃんだと、どうしても他の色がつく。でもおばちゃんなら、会話のハードルは低いでしょう。
そういえば、ここで働いているおばちゃんにも、神奈川から静岡に移住してきたスタッフがいますよ。もう72歳ですけど、元気ハツラツですよ。ぜひ会いに来てほしいですね。

▲青葉横丁店内の様子

――今後、目指していきたいことはありますか?

おでんを通じて、静岡を面白いと思ってほしいですね。静岡って「立ち飲み」の文化があまりないんですよ。最近立って食べるステーキ屋さんとかありますけど、静岡の人は座ってじっくり飲む。それは、ゆっくり話をしながら飲むからなんですね。おでんもですけど、静岡では会話が一番のつまみ、おみやげになるんだと思います。

それと、子どもたちの世代にもおでんを通じたコミュニケーションを広げていきたい。地元の小学校から、「おでんを学ぶ校外学習」ということで120人の小学生がお店に来ました。そこで一人一本ずつおでんを食べてもらう。すると、その子たちの何人かは駿府城公園に来るたびに思い出すでしょうし、お父さんに「あそこで黒はんぺん食べたんだよ」って自慢できるでしょう。将来大学や仕事の関係で静岡を離れても、静岡のことを考えるときに「ああ、駿府城公園でおでん食べたな」って思い出になる。そんなつながりを作っていきたいですね。

取材日の夜には「青葉横丁」のお店にうかがいました。カウンターには地元の常連客はもちろん、北は仙台から南は鹿児島と全国からお客さんが集っていました。その空間には「このおでんの食べ方は〜〜」「このおでんに合う静岡のお酒は〜〜」とおでんを介した会話とたしかなコミュニティができていました。静岡にお越しの際にはぜひ立ち寄ってほしいお店のひとつです。
(文=深水央、写真=深水央、窪田司)

【おでんや おばちゃん】
http://odenya-obachan.com/
<駿府城公園店>
静岡県静岡市葵区駿府城公園1-1
TEL:080-5824-7400
営業時間:10時〜17時
定休日:年中無休(お電話でご確認ください)

<青葉横丁店>
静岡県静岡市葵区常磐町1-8-7
TEL:054-221-7400
営業時間:16時〜22時(ラストオーダー21時30分)
定休日:日曜日

静岡市葵区紺屋町。かつて、その名前のとおり染物屋さんが軒を連ねていたこの街に誕生した『ホステル&バー・ラウンジ 紺屋 CO-YA』。立場や年齢、育った国が違う人々がその場を通して交流する、イギリスのパブ(パブリックハウス)をイメージした新しい集いの場です。『CO-YA』の運営に携わる荒木柚葉さんは、ある想いを実現するために一念発起して新卒入社した会社を6ヶ月で離れ、東京から静岡に戻ってきました。「6ヶ月でのUターン」を決意させた、その思いとは。

入社半年でUターン移住

――Uターンということですが、もともと静岡のご出身ということでしょうか?

いえ、三重県のいなべ市というところです。岐阜と滋賀と愛知に隣接している自然がたくさんあるの町です。高校までは三重にいて、大学は静岡市の静岡県立大学に通っていました。大学3年生の2月ごろから東京の会社でインターンをはじめて、そのままその会社に入社しました。仕事内容としては中国や台湾、香港の若い女性向けにSNSを中心としたメディアを通じて、インバウンドを推進していました。

▲東京時代

――近年海外からのインバウンド需要が増えていると聞きます。それはやりがいのあるお仕事ですね。

とくに、アジアからのインバウンド客は口コミで観光スポットを探す傾向が強いんです。例えば台湾で人気のある旅行情報サイト「トラベルバー(旅行酒吧)」では、ユーザーが自分の旅行した行程を共有できるのでインフルエンサーの投稿をきっかけに来日する方が多いですね。

――なるほど。となると、インバウンド客を呼ぼうと思ったら、そこを活用しないといけないですね。

そういう影響力のあるインフルエンサーを招いて、プロモーションやツアーをやる必要があります。でも、こういう話をして理解が早いのは東京の会社やインバウンドに積極的な官庁ばっかりなんですよね。静岡ではまだそういった認知が広がっていなくて、「前例がない」と踏み切れていないのが現状のようです。このギャップはなかなか埋まらないなという実感もあって、それなら自分で地域に入って実例をつくろうと静岡に戻ってきました。東京にいたのは6ヶ月くらいです。だからUターンというより出張から戻ってきたみたいな感じですね(笑)。

――え、では新卒で入った会社をいきなり辞めたということですか? その決断はかなり大きなものだったと思いますが。

自分としては、迷いはなかったですね。会社に「正社員という形からは離れたい」という意向を伝えたときに、地域で活動することに意味があるということを理解いただきました。新卒1年目での決断で、やりたいこともなくて辞めてしまうんだったらとても怖いですけど、4年間過ごして自分にとって足場がある静岡に帰ってきて挑戦するわけですから大丈夫かなと。
両親にはたくさん相談もしてたくさん泣いていました。「私は東京でこんな仕事をしたいと思ったけど、やっぱり違う。心が満足できてない」と話したら、両親とも「考えてることは間違ってない。やりたいようにやればいい」と言ってくれて。背中を押してもらいまいした。

――地域で頑張ろう、と考えたときに静岡を選んだのはなぜでしょうか?

やはり、大学4年間でお世話になった人たちがたくさんいることと、あとは明るくてあったかくて、住みやすい土地だからですね。人もおだやかで食べ物もおいしいし、街の中なら自転車ですぐ移動できるのもいいですね。東京とは新幹線で50分くらいと近いですから、行き来もしやすいですしね。

▲静岡で好きな薩埵峠の様子とコーヒースタンド

言葉だけでなく実行

――今はどういう取り組みをしているのでしょうか?

学生時代にも関わっていたホステル『CO-YA』の運営を行っています。宿泊施設ですが、私は単なる宿泊施設だけをやりたいわけではないんです。
『CO-YA』をインバウンド客含めた人が集まったり、静岡での滞在の拠点にしてもらうためのツールとして役立てるのが目標です。学生が使いやすいような価格帯や仕組みにしています。それも人に集まってもらいやすい場所にするためです。私もつい最近まで学生だったのでわかるんですが、どこかのスペースって借りようとすると学生からすると高いじゃないですか。なので社会人だけでなく学生にも集まりやすい場にして、国内外や世代を越えた情報源や人と人とのハブになるようにしたいと思っています。

そしてもう一つ取り組んでいることがあって、株式会社トムスという別のマーケティング系の会社で、「SHIZUOKA ECHO」という取り組みをやっています。これは学生と企業を結びつけて、社会に触れてもらおうというプロジェクトです。まだ試行錯誤の状態ですけど、学生っていきなり社会人と話をしようとすると、必要以上にプレッシャーを感じてしまいがちじゃないですか。気負いしなくていいような場をつくる、メディアのようなものをつくっていきたいと思っています。

▲「SHIZUOKA ECHO」のインスタグラムより

――取り組まれている2つとも異なるもの同士の交わりをつくっていますね。多様性と呼ばれる時代にもなっていますが、異なる価値観などを交えてお互いを尊重することってこれからもっと重要になってくる気がします。

例えば「大学を卒業したら就職」というある種暗黙の既定路線もあるなかで、私自身、他の人と違うことをして失敗するのは怖かったけど、「やりたい」という気持ちがめちゃくちゃあったから、東京の会社から離れて静岡で挑戦しています。
最近では「#KuToo」の運動や「パンテーン」の話題もありましたけど、スーツを着てヒールを履いて、それがその人の人となりを全て表現しているとは思いません。スーツ姿や黒髪が好きで落ち着くって人がいても勿論良いですし、自分らしさを出した服装や髪型でも素直に意思を伝えるのも良い。形だけのものではなくて、物事に取り組む姿勢や態度の方が大事だと思います。

――就職して6ヶ月でその矛盾に違和感を持ち、自身の気持ちに正直に行動を起こすってなかなかできないと思います。すごい行動力だと思いますが、今後はどのようなことを取り組んでいく予定でしょうか?

アジアからくる観光客の方は、日本旅行のリピーターが多いんですよ。なので、他の人が行くような大都会ではなく地方に行って、ツウな自分を発信したいという気持ちがある。だから静岡や三重のような地方に行きたいという方もいるんですね。でも、そんな人たちがいざ行こうとなったらアクセス手段や情報がない。インターネット上には情報はあるんですけど、ピンポイントに検索するのは難しい。そこにギャップがあるんですよね。彼らは現地の人がSNSで発信している情報を頼りに来るんですけど、そこが地方は弱いと思うんです。
『CO-YA』は駅から近いので、バックパッカーや自転車で日本中を旅している海外の方もたくさん来ます。そんな人に静岡のいいところを勧めてあげたいんですけど、定番のスポット以外はなかなか出てこないことが多い。そんなときに案内できるような、私が以前勤めていた会社の中国や台湾、香港のメンバーと連携してツアーを作っていきたいですね。地域プロデュースなどのセミナーは世の中にたくさんあるんですけど、実際に現場で動く人がいるかというのが大事だと思っています。現場で実行する方法を考えるのが一番難しいんですけど、言葉を掲げるだけでは進まないので、静岡で実行して、ゆくゆくは他の場所にもノウハウを共有していきたい。そうやって口コミでどんどん世界中に地域の魅力を広げていきたいですね。

入社から半年での退職に迷いはなかったという荒木さん。世間的な考えでは様々なリスクを考えてしまいそうですが、そこを確実に実行まで移す姿は頼もしく感じました。多様な価値観を備え、自身の意思に従って動く姿勢は地方課題だけでなく、これからの時代を生きていく上で重要な力になってくるのかもしれません。
(文・写真=深水央)

2019年4月、静岡市葵区安東に誕生した『いちぼし堂』。保育園・コワーキングスペース・レジデンスという「職・育・住」一体型の施設として、新しいチャレンジを始めたばかりです。責任者の北川信央さんは輝かしい経歴を持ちながら、20代後半に地元静岡へUターン。家業の工場改善から見えてきたこと、そして『いちぼし堂』で実現したい未来とは―。

潜在資産を顕在資産に

――まずは北川さんの出身やキャリアについて教えてください。

出身は静岡市清水区で、京都大学経済学部に進学して、卒業後は公認会計士として監査法人に入り、東京で働いていました。静岡に戻り、家業に入ったのが27歳のとき。家業は曽祖父が創業した製材屋で、今年で創業87年になります。清水は港があるので、木材を輸入して板にする仕事をしていて、それから建具を量産する工場になり、父の代で人材ビジネスを始めて、北川グループとして4つの会社があります。今は母が社長を務め、僕の新規事業として『いちぼし堂』を立ち上げたところです。

――東京で公認会計士ならエリートと言えそうですが、なぜ静岡に戻られたのですか?

もともと家業を継ぐことは考えていなかったのですが、僕が20歳で成人式の日に父親が急に他界したことがターニングポイントになりました。母が専業主婦から社長になり、リーマンショックも乗り越えました。だから、いつか静岡にという気持ちが芽生えていた中で、東京では多くの人が同じように見えて、会計士の仕事も何か違う気がして、7年前に帰郷を決断しました。

――大きな決断ですね!最初はどんな仕事をされたのでしょう?

最初の5年は、工場の立て直しを重点的にしました。40~50名くらいの町工場で、残業が多く雰囲気がピリピリして、人手不足に陥っていた。うちの工場では単純な業務が多く、属人化していた業務を標準化すれば誰にでもやってもらえるのではないか、ならば60歳以上のシニアの方を採用してみてはどうかと考えました。社内外から「簡単にできるわけがない」「危ない」という声もありましたが、カイゼンして業務を細分化し情報を行き届かせる仕組みを作って、シニア採用をスタート。今では6割以上がシニアで、60~80代の方が現場を回してくれています。一方、7年前に僕と一緒に入った高卒の女の子たちがリーダーになり、朝のミーティングは若手の女性や男性、60代などさまざまなリーダーがいます。

――素晴らしい改善ですね。

シニアの方が仕事を続けてくれて、居場所になっているのがうれしいんですよ。一時期は八百屋みたいに野菜を売る人や、会社の片隅で何か育てている人もいたなあ。

――そして、『いちぼし堂』の事業に移られたのですね。

居場所を大切にしたいという想いで立ち上げました。工場と『いちぼし堂』の共通した考えは、まちのため、そして潜在資産を顕在資産にすること。ポテンシャルになっている価値あるものをちゃんと表に出していきたい。それはシニアの方、育児と仕事を両立しようというお母さん方、静岡自体もそうかもしれない。たくさんある潜在資産を顕在化していくこと、まだ評価されていないものを「これ、めっちゃいいんだよ」というようなことが僕は好きだなあと思っています。
(さらに…)

結婚がきっかけで東京から熊本、熊本から静岡へ

パートナーの転職により、2019 年4月に熊本県から静岡県に移住してきた松原里穂さん。結婚、パートナーの転勤など、女性ならではのライフイベントの変化を柔軟に受け入れながら、現在はフリーランスとして企業のコンサルティングやPR、海外展開のサポートの仕事をしています。そんな自分らしく働いている松原さんに、静岡の魅力についてお伺いしました。

静岡の魅力を実感

――熊本県から静岡県への移住とお伺いしましたが、まずは松原さんの経歴を教えてください。

出身地は大阪です。大阪の大学に在学中に、魅力的な各地域のお出かけ情報をユーザーに投稿してもらい、その情報をインターネット上で共有する「Holiday」というサービスを友人たちとローンチしました。その後「Holiday」をクックパッドに事業譲渡し、大学卒業後はクックパッドに入社するため、東京へ引っ越しました。入社後は「Holiday」を充実させるため、コミュニティマネージャーとして日本全国を飛び回り、100回以上ものワークショップを現地のNPOや有志の方々とともに開催しました。熊本県のテレビ番組で旅のコメンテーターとして、出演していた経験もあります。
そんな時に熊本でパートナーに出会い、2016年結婚することになりました。結婚当初は、東京と熊本を行ったり来たりする生活をしていました。ですが、夫婦としての生活をもっと大切にしたいという思いが次第に強くなってきたので、思い切って2017年1月に熊本県に拠点を移しました。

▲「Holiday」時代のワークショップ風景

――ご結婚をきっかけに、熊本へ移住したんですね。熊本では、どんな働き方をしていたんでしょうか。

「Holiday」はリモートワークが可能なため、メールやチャットなどで連絡を取り合いながら、月に数回東京へ出かけていました。ですが、熊本に住みながら東京の仕事をしていると、なんだか「暮らしと仕事が、かみ合っていないな」と感じることが増えてきました。そんな中で「熊本だからこそできる仕事がしたい」と思い、県内の企業に就職しました。

――熊本の会社では、どのような仕事をしていたんでしょうか。

天草にオープンする商業施設にあるカフェのプロデュースをさせていただきました。コンセプト作りはもちろん、メニュー開発から業者選定など、すべてにおいて関わらせていただいたので、とてもやりがいがありました。どうしたらお客様にきていただけるのか。その価値を作る仕事は、「Holiday」で行ってきた仕事と共通点もあります。
また、熊本で就職した会社は副業OKだったので、「Holiday」の業務も引き続きしていました。他にも、熊本で出会った海苔を海外へプロモーションするお手伝いもしていました。

▲ロンドンでの仕事の一幕

――場所を選ばず、自由に働いていらっしゃいますね。そんな中、静岡への移住はどういったきっかけだったのでしょうか?

静岡への移住は、パートナーの転職でした。熊本の会社から静岡の会社へと転職することになったんです。全く新しい土地での再スタートになるので、転職を決める前に、二人で沢山話をしました。そして、事前に静岡を訪れてみて、あちこち巡ってみた結果、すごく気に入ってしまって・・・移住を決めました!

――松原さんからみた、静岡のいいところはどんなところでしょうか。

一番感動したのは、どこからでも富士山が見えるということ。富士山を見ると、なんだかホッと癒されるから不思議です。富士山が見える風景と観光を絡めたら、もっと静岡をPRできるんじゃないかなと、ついつい仕事柄考えてしまいます(笑)。
あと、静岡の人はとても優しい方が多いような気がします。転勤族も多いし、出張で静岡に来る方も多いからでしょうか、すごく開かれているイメージです。
実は、静岡に来てから個人事業主として独立したんですが、静岡の人はとても協力的で「あんなに人がいるよ」「この人と会ってみたら」と色々ご紹介してくれたり、親身になって応援してくれます。すごくありがたくて、嬉しいですよね。新しいことをはじめたい人には、すごくいい土地なんじゃないのかなと実感しています。

立ち止まり見極める

――今後静岡でどんな仕事をしていく予定ですか?

静岡県には、食も、観光も、すごくいいものがたくさんあります。でも、まだまだ外に伝わっていないように思います。今までの経験を生かして、静岡のいいもの、美味しいものを、日本はもちろん、海外にもアピールして、静岡の価値を高めていきたいと考えています。
そのため、今は静岡の観光地や食、生産者などをリサーチしていることです。可能なら、輸出できるような商材を見つけて、海外へ売り出していきたいですね。

――すごく自由に働いている印象の松原さんですが、どうしたら松原さんのように場所を選ばず、好きな仕事を続けていけるのでしょうか。

東京時代は、記憶にないくらい一生懸命働いて、なんでも挑戦しました。その経験や、そこで得た出会いが、今の仕事へつながっているように思います。
結婚前は、やりたいことはなんでもチャレンジしようと思い働いてきましたが、最近では取捨選択することの大切さを感じています。全てを得ようとしても得ることはできません。だからこそ、じっと立ち止まって今の自分にとって何が必要か、見極めることが必要なんじゃないかなと思います。
現在、半分は東京と海外の仕事、2、3割は九州の仕事、残りは静岡でのリサーチという仕事内容です。今できる最善を尽くして、一歩一歩進んでいく。それが今の私に一番必要なことです。
女性は結婚や出産など、働き方を変えないといけない時が来るように思います。その時々の変化を柔軟に受け入れ、今後も自分らしく働いていきたいと思います。

▲ブッリュッセルにて有明漁師海苔PR

――なるほど、その時の状況を柔軟にとらえ、自分らしく仕事をしていくイメージ像がはっきりと描かれているんですね。

そうそう!あとこれを言い忘れていました(笑)。
私的に静岡のおすすめは、みんながサッカーを大好きなところ。県内に4つもプロチームがあるんですよ!市内のベンチや花壇がサッカーボールのモチーフになっていたり、飲み屋さんで隣になった方ともサッカーの話で盛り上がります!実は私、4歳から高校生までサッカー少女で、当時は日本代表候補にも選んでもらえるくらい熱中したんです。なので、サッカーが大好きな私にとって、静岡は天国みたいなところ。いつかサッカー関係のお仕事もしたいなぁ、なんて考えています。

その時々に目の前にある仕事を全力でこなしてきたらこそ、今があるという松原さん。そんな今までの経験に静岡という土地がミックスされ、どんな仕事が生まれていくのでしょうか。今後の松原さんのご活躍が楽しみです!
(文=市田里実、写真=窪田司)