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静岡移住計画では、静岡県内で取り組まれている様々な「仕掛け」を紹介し、その「仕掛け人」をゲストとしたトークイベント「しずおか未来共創サロン」を定期的に開催していきます。
静岡移住計画の事務局を務める静岡鉄道では、伊豆市サテライトオフィス「狩野ベース」内に関係人口・定住人口の創出による地域活性化と、エリアの地域資源・特性を生かしたCSV(Creating Shared Value)の推進に向けて、『静岡鉄道 伊豆市サテライトオフィス』を設置致しました。
そこで今回は、伊豆エリアを中心に「観光型MaaS」を仕掛けている、東急(株) 森田創 氏をお招きし、「伊豆エリアから始まる近未来のまちづくり」をテーマに、オープニングセミナーを実施致します。
ここ数年、耳にする機会が多くなってきた「MaaS」ですが、交通領域に留まらず観光・不動産・物流・行政サービス・働き方改革・DX・・・など幅広い領域と深いつながりがあり、未来における産業の交差点であり、ポストコロナ時代のニューノーマルを考えるうえでも重要な概念です。
そんな「MaaS」について、伊豆エリア内で起きている”リアル”な話を仕掛け人から聞きながら、伊豆エリアの地域課題や可能性を、地域の皆様や地域に関わりを持つ人たちと一緒に語り合い、これからの伊豆エリアの未来のまちづくりについて、ざっくばらんに語り合う会を目指します。
■イベント概要■
【日時】 2020年10月5日(月) 14:00~15:30
【場所】 静岡鉄道 伊豆市サテライトオフィス(伊豆市青羽根町65-1)
【概 要】
●開会挨拶(14:00~14:05)
静岡鉄道(株)専務取締役 川井敏行
●静岡移住計画紹介(14:05~14:10)
静岡鉄道(株)不動産アセットマネジメント事業部 大橋美咲
●基調講演(14:10~14:50)
ゲスト:東急(株)交通インフラ事業部MaaS担当課長 森田 創 氏
伊豆エリアにて『観光型MaaS』を仕掛けている森田氏に、伊豆エリア内で起きている”リアル”な話を聞きながら、伊豆エリアの可能性と近未来のまちづくりについてお話頂きます。
●パネルディスカッション(14:50~14:20)
登壇者:東急(株)交通インフラ事業部MaaS担当課長 森田氏
静岡大学情報学部 木谷准教授
静岡大学未来デザイン機構 鈴木准教授
静岡鉄道(株)CSV推進室
モデレーター:NPOサプライズ 飯倉氏
静岡大学情報学部 木谷准教授、静岡大学未来社会デザイン機構 鈴木准教授をお招きし、伊豆エリアの今後のまちづくりについてどう取り組んでいくべきか、ディスカッションを行います。
●質疑応答、ネットワーキング(14:20~14:30)
【参加費】 無料
【定員】会場 10名 オンライン 30名
【申込】 Peatixサイトにて事前申込制
https://shizuokaijukeikaku-event1.peatix.com/
【主催】 静岡移住計画
【共催】 静岡大学未来社会デザイン機構
■ゲストプロフィール■
東急株式会社
交通インフラ事業部
MaaS担当課長
森田 創 氏
1974年、神奈川県出身。99年、東京大学教養学部卒業。同年、東京急行電鉄株式会社入社。渋谷ヒカリエ内の劇場「東急シアターオーブ」の立ち上げ、広報課長を経て、現在、交通インフラ事業部MaaS担当課長。2019年度、伊豆半島での観光型MaaS『Izuko』では実行委員長を務めた。
2015年、初の著書『洲崎球場のポール際 プロ野球の「聖地」に輝いた一瞬の光』(講談社、2014年)により、第25回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。その他の著書に『紀元2600年のテレビドラマ ブラウン管が映した時代の交差点』(講談社、2016年)がある。
2020年には、日本初の観光型MaaSを推進する東急で、プロジェクト・リーダーを務めるゲストが現場目線で書き下ろした唯一無二・感涙必至のビジネス・ドキュメンタリー『MaaS戦記 伊豆に未来の街を創る』(講談社)を刊行。
参考図書⇒ https://amzn.to/3lgb1Mp
■注意事項■
※本イベントはCOVID-19の感染拡大状況や、政府などによる県域を跨いだ移動制限などの状況によっては、オンライン配信のみに変更となる場合がございます。
※当日書籍を購入された方やお持ちいただいた方にはゲストのご厚意によりサイン等可能な限り対応いたします。
※オンライン配信に関しましては、通信環境等により視聴しにくい場合もございますが予めご了承ください。
小山さんは大阪府出身で、インテリアや和雑貨を取り扱う奈良の老舗企業・中川政七商店にて商品企画部のチーフデザイナーとして働かれていました。その後、静岡県出身のご主人とのご結婚を機に静岡市へ移住。現在はフリーランスのイラストレーター・デザイナーとして活動するかたわら、オリジナルブランドpunto a puntoを立ち上げ、ポストカード、カレンダーなどの紙製品やエプロンなどの布製品の制作、販売もされています。
「自分の気持ち・身体に耳を傾けながら行動する」と話す小山さんにお話をお伺いしました。
――ご結婚を機に静岡へ移住されたとのことでしたが、知らない土地での生活に不安はありませんでしたか?
親戚のほとんどは関西圏に住んでいるのですが、叔母のひとりが島田市に住んでいまして、子どもの頃から静岡の話は色々と聞いていたので不安はあまりなかったです。
静岡は、透明感があって自然豊かなイメージ。あとは食べ物が美味しい。温暖な気候とよく言われていますが、それはその通りでしたね。生まれ育った大阪や京都は盆地で、夏は暑く冬は寒いのですが、静岡は気候的に変化が少なく、身体的にも楽です。あと静岡は海も山も近く、どちらも気軽に行けるのは嬉しいですね。静岡に来てからサーフィンをする人の出会いも多く、すぐ近くに海がある魅力を感じます。
――大阪と静岡では文化的にも違いが多そうですが、何か驚いたことはありましたか?
緑茶が本当に美味しい!静岡に来てお茶を飲む量が格段に増えましたね。静岡では当たり前に飲まれているお茶がお店でも家庭でも相当レベルが高いです!でも地元の人にとってはこれが普通で、あまりこの事に気づいていないような気がします。新茶シーズンになると静岡ではテレビや新聞でトップニュースとして取り上げられますが、関西ではほとんど取り上げられません。お茶が静岡の産業や文化に深く結びついているんだなと感じます。
――移住をきっかけにお仕事も変わることになったと思いますが、今のお仕事に至ったきっかけを教えていただけますか?
静岡へ移住して、最初は専業主婦をしながらしばらくのんびり過ごしていました。結婚前は仕事中心の多忙な生活をおくっていて、心身ともに無理をしながら頑張っていた部分もあったので、少し立ち止まって、自分の気持ち、身体に耳を傾ける期間を設けようと。
特に女性は結婚や出産などライフステージによって大きく環境が変わることも多いと思います。年齢を重ねるごとに価値観が変わったり、仕事や家族などの優先順位も変わってきます。自分の周りの環境の変化に対してはなるべく柔軟に前向きに受け入れたい。自分で選択できる仕事に関しては、自分の心や体に嘘をつかず向き合いたいと思いました。
そんな中、今の活動のきっかけになったのが「ARTS&CRAFT静岡手創り市」のチラシをたまたま手に取ったことです。面白そうなクラフトフェアだなと思い、出展したいなと思いました。その時はとにかく出展ことを目標に、正直、その先のことは考えていなかったですね。出展したのはオリジナルのカレンダーやファブリックパネル、ハンカチなど。
その展示がきっかけでいくつか小売店さんから商品を取り扱いたいと声をかけていただいたり、他のイベント出店へお誘いいただいたり、と少しずつ活動の幅が広がっていきました。

――出展、制作、製造、販売と全て行うのはとても大変ではなかったですか?
企業に勤めていた時はデザインだけを担っていて、実際に生産や販売をすることはありませんでしたので、初めてのことが多くて大変ではありました。でも、自分が作ったものを直接お客様の顔を見て販売するという経験を通して、初心に返ることができました。直接お客さまの生の声や笑顔が見られたことは本当にとても嬉しかったです。ものづくりもそうですが、人と接することも好きなんだなというのも発見でした。
声をかけてくださった静岡の小売店さんも、作り手とお客さんの懸け橋になってくださる方が多く心強いです。直接ではなくてもエンドユーザーと繋がっていると感じられることがものづくりのモチベーションにもなっています。
自分の作品を通して、あらたな繋がりや出会いが広がっていくことが喜びですね。
――作品を通して新たな繋がりや出会いが広がるのは確かに嬉しいことですね。
静岡では思いがけない所で知人や友人同士が繋がっていたりすることが多々あります。
仕事をする上でも奇遇な縁でお仕事につながるケースが多くて、面白いなあと思います。
同時に、人とのご縁に感謝ですね。

――その他に静岡でものづくりをする楽しみはありますか?
ありがたいことに静岡には、富士山、お茶、みかん、イチゴなど、絵にしたくなるようなモチーフがたくさんあるので、デザインする楽しみがたくさんありますね。
静岡県民は富士山愛とお茶愛にあふれているせいか、こういったモチーフのものは特に人気があります。
私自身も地元の人が静岡の魅力に再認識・再発見してもらえるようなデザインを心がけているので、自身の商品やデザインを通して、静岡の魅力に気づいてもらえるツールになれれば嬉しいです。
――今後チャレンジしていきたいことはありますか?
まずはオリジナルブランドpunto a puntoの商品展開を充実させ、販路を拡大したいです。
コロナで延期になってしまった個展やイベント出店があるので、現在は新商品の開発や定番商品を充実させる予定です。
あとは、引き続きデザインやイラストのお仕事もどんどんしていきたいです。それから、本の装丁や絵本を出版したりしてみたいですね。
人の人生に感動や喜びを与えられるような仕事ができたら幸せだなと感じます。
フリーランスとして、自分と向き合いながら働く小山さんのお話を聞くと、「本当に自分がしたいこと」に真正面から向き合って充実した生活をされていることがうかがえます。
現状に疑問や悩みを持っている方、移住することに不安を抱えている方は、少しだけ立ち止まって、自分の気持ち、身体に耳を傾け、自分に正直になって行動してみることが大切なのかもしれません。
静岡移住計画では、静岡県内で取り組まれている様々な「仕掛け」を紹介し、
その「仕掛け人」をゲストとしたトークイベント「しずおか未来共創サロン」を
定期的に開催していきます。
記念すべき第一回は、伊豆エリアを中心に「観光型MaaS」を仕掛け、
全国から注目を集めている東急株式会社の森田創氏をお招きします。
なお、会場は9月28日に静岡市葵区に新たにオープンする
コワーキングスペース「=ODEN」を予定しています。
ネーミングの由来や施設概要はこちらをご参照ください。⇒http://oden.shizutetsu.net
ここ数年、耳にする機会が多くなってきた「MaaS」ですが、
交通領域に留まらず観光・不動産・物流・行政サービス・働き方改革・DX・・・など
幅広い領域と深いつながりがあり、未来における産業の交差点であり、
ポストコロナ時代のニューノーマルを考えるうえでも重要な概念です。
そんな「MaaS」について、静岡県内で起きている”リアル”な話を仕掛け人から聞き、
ざっくばらんに語り合う会を目指します。
■イベント概要■
日 時: 2020年9月30日(水) 18:30~21:00
場 所: =ODEN(静岡市葵区鷹匠2丁目8-1)
参加費: 会場 1,000円 学生・オンライン 500円
定 員: 会場 30名 オンライン 30名
申 込: Peatixサイトにて事前申込制(https://s-mirai.peatix.com/view)
主 催: 静岡移住計画
協 力: =ODEN
■ゲストプロフィール■
東急株式会社
交通インフラ事業部
MaaS担当課長
森田 創 氏
1974年、神奈川県出身。99年、東京大学教養学部卒業。同年、東京急行電鉄株式会社入社。
渋谷ヒカリエ内の劇場「東急シアターオーブ」の立ち上げ、広報課長を経て、現在、交通インフラ事業部MaaS担当課長。2019年度、伊豆半島での観光型MaaS『Izuko』では実行委員長を務めた。
2015年、初の著書『洲崎球場のポール際 プロ野球の「聖地」に輝いた一瞬の光』(講談社、2014年)により、第25回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。
その他の著書に『紀元2600年のテレビドラマ ブラウン管が映した時代の交差点』(講談社、2016年)がある。2020年には、日本初の観光型MaaSを推進する東急で、プロジェクト・リーダーを務めるゲストが現場目線で書き下ろした唯一無二・感涙必至のビジネス・ドキュメンタリー『MaaS戦記 伊豆に未来の街を創る』(講談社)を刊行。
■注意事項■
※本イベントはCOVID-19の感染拡大状況や、政府などによる県域を跨いだ
移動制限などの状況によっては、オンライン配信のみに変更となる場合がございます。
※当日書籍を購入された方やお持ちいただいた方にはゲストのご厚意により
サイン等可能な限り対応いたします。
※オンライン配信に関しましては、通信環境等により視聴しにくい場合もございますが
予めご了承ください。
堀さんは静岡出身ですが、公認会計士として東京で働いた後、より説得力を持った仕事ができるようにと、奈良の中川政七商店にて経験を積み、現在は家業で創業333年の老舗雑貨店、三保原屋の事業承継のため静岡へ帰ってきました。「より知る事で静岡が好きになった」と話す、堀さんにお話をお伺いしました。
――公認会計士、中川政七商店での経験と、着々と家業を継ぐための準備をされていたと思うのですが、静岡へ戻られたのはその準備が整ったタイミングだったからなのでしょうか?
実は、元々実家を継ぐ気はありませんでした。父も自分の代で店を終わらせても良いと考えていたようですし、家業があることでそれを継ぐのが当たり前と見られるのも嫌でした。
公認会計士の取得は特に明確な理由があったわけではないです。ただ公認会計士としてのコンサルの仕事は、失敗してもあくまで他人のビジネスなので自分には痛みがないと感じていました。転職したのは、数字を正しく経営の意思決定に活かすには、コンサルではなく、実業をする必要があると感じたからです。
一方で、コンサルにも一定の興味はあったので、実業もコンサルも兼ね備えている中川政七商店へ転職しました。
静岡へ戻ったのは、奈良にいるときに子供が生まれた事がきっかけになりました。ライフステージが進むにつれて、子育ての環境、妻の生活、両親のこと、家業などを改めて考えた時に、どこかにちゃんと軸を置いて生活するべきだと思い静岡へ戻ることを決意しました。

――実家を継ぐ気がなかったとのことですが、継ごうと思った理由はなんでしょう?
そうですね。今までの経験から実家の経営に役立てる知識があったことは家業を継ぐ上で後押しになりました。でもそれ以上に、今まで三保原屋が培ってきたお客様との関係や従業員との関係を終わらせてしまうのはあまりにも勿体無いと思ったんです。
終わらせてしまったら二度と継ぐこともできなくなってしまうので、それなら一度やってみようと。
――実家を継ぐというのは簡単そうに見えて、大きな決断だと思うのですが、事業承継をする上で意識していることはありますか?
確かにそうですね。事業承継自体は人生の一大イベントになるくらい大きく、魅力のある取組になると思います。これは三保原屋だけではなく全国的にも同世代で取り組んでいる人が多いですね。
その中でよく聞くのは、お客さんを見る目を養うために、まずは現場から全てのレイヤーの仕事を経験することが大切という話です。
また、会社によって正しい方法・順番・スピードがあると思うので、急ぎすぎず時間をかけて行おうと思います。三保原屋各店舗の良さを活かしつつ、時代に適合できるよう、道を踏み外さないようにしたいと思います。
――東京、奈良と違う地域での生活を経て、静岡へ帰ってきたわけですが、戻ってくる前と今とでは違いがありますか?
東京で会計士をしていた頃は静岡のことを自信持って好きとは言えなかったですね。帰りたいと思ってもいませんでした。丸の内でスーツを着て仕事をするって格好良いなと思っていましたし。でも実際はそんな生活をしていても虚しさと疲弊感が強かったです。なんか見栄を張っているような感じ。今は様々な機会を通して静岡のことをより知ることが出来て好きになっています。

――静岡を知ることで好きになったというのはどういうことでしょう?
単純に静岡のことを知らなかったです。静岡の産業や文化のこともよく知らなかった。
でも今はお客さんや生産者さんなど様々なことを通して静岡の良さを知る機会が増えています。
人の雰囲気に関しても、他県から店舗にお越しになったメーカーさんと話している際、自然とお客さん同士が順番を譲り合ってくださっているのを見て「三保原屋さんは良いお客さんをお持ちですね」と言われることがよくあります。
また、静岡は小規模ながら資源や産業も豊富で、知り合いを介せば、どこまでも人脈が広がることも地方ならではで面白いと思います。文化の面でも、静岡はもっと胸を張って良いと思いますね。徳川家康さんが育ち、晩年を過ごしたということもあり、浅間神社や久能山東照宮など文化的価値が高い場所も多い。

――その他に静岡で暮らす面での良いとこはありますか?
働くこと、暮らすことは、社会的な繋がりや自己実現だと思っています。全く1人で生きていけるほど人間は強くありません。インターネットであえ、リアルであれ、どこかで人とは繋がっています。そういった意味でも、人のつながりを持ちながら暮らすには、適度に狭いし適度に広い静岡は良いですね。
妻は東京出身で移住に際して最初は不安もありましたが、静岡は東京や名古屋などの影響を程よく受けているためか、馴染みやすかったみたいです。街中から車で15分~30分走れば山・川・海もある一方で、東京まで新幹線では1時間で行くこともできる点も便利ですね。市街地も集合していて、平地が多いから自転車で移動しやすく生活しやすいみたいです。
公認会計士の資格を持ち様々な経験を経て、静岡で家業の事業承継に取り組む堀さんのお話を聞くと、様々な静岡の魅力を再発見すことができ、なるほど!と思うことがたくさん出てきました。これから静岡へUターンしようと考えている方、静岡出身だけど県外で暮らしている方は、いま一度静岡の文化や特性を見つめ直すと改めて見つけられる静岡の魅力があるかもしれません。
これからの生き方を考えよう、をコンセプトに立ち上がった、「生き博(旧生き方見本市)」。現在では全国13箇所でイベントが開催され、2020年8月1・2日に生き博 SHIZUOKA Vol.2が開催されます。今回は、生き博 SHIZUOKA代表の大庭周さん、副代表の村上萌さんに、開催にいたったきっかけや想いについて、お話をおうかがいしました。
―最初は「生き博 TOKYO」の運営から参加されたとのことでしたが、参加をしたきっかけを教えて下さい。
自分自身は高校まで静岡にいて、東京の大学へ進学し、業界最大手のメーカーに就職しました。でも入社して3ヶ月、社会人としての新しい環境に慣れはじめた頃、なんでこの会社に入ったのだろうと、ふと考えてしまいました。(大庭さん)
―周りからみれば順調なキャリアにも見えますが、なぜそのように考えたのでしょうか?
振り返ってみると、地元静岡を離れてなんとなく大学へいき、なんとなく企業に入って働いているだけで、自分がどういう働き方・暮らし方をしたいのかしっかり考えてこなかったんですよね。だから自分の責任で選択してこなかったんだと気づいてしまったんです。そこで、もし就職活動の時にもっとしっかり考えていれば、という後悔が生まれてしまいました。
だからこそ、そのタイミングから自分自身の目指す働き方・暮らし方が何かを意識し行動しはじめました。それと同時に、自分と同じような後悔を持ってほしくないと想い、高校生や大学生、社会人という幅広い世代に対して、一度立ち止まって、これからの生き方を考える機会を提供する「生き博 TOKYO」の運営に関わるようになりました。(大庭さん)

▲生き博TOKYOの写真
―「生き博TOKYO」の運営から、主催者として「生き博 SHIZUOKA」を開催されたきっかけを教えて頂けますか?
東京では、「生き博TOKYO」のように「生き方」について考えるイベントや機会が若い世代向けに、多くあるんですが、静岡ではそういった機会や場所が少ないと感じていました。例えば自分の地元である裾野は富士山がきれいに見え、人も優しく、すごくいいところなのですが、枠組みから外れたことを仕事にしたり、やろうとしている人に対して、批判的な空気感がありました。だからこそ、生き博を静岡でも開催することで、そのような空気感をなくし、静岡の若い世代にも一度立ち止まって、「生き方」について考える機会を提供したいと思いました。開催前までは不安もありましたらが、第一回目は82人の方があつまり、大盛況の中、開催ができました。(大庭さん)

▲1回目の生き博SHIZUOKAの写真
―静岡の良さはどんなところにあると思いますか?
静岡県内でも地域ごとに文化が異なったり、いろいろな活動をしている面白い人がいるので、他の県以上に多様性があるところですかね。
温厚な人が多いのはどのエリアでも共通ですけど(笑)。
街の雰囲気もそれぞれカラーがあって、東京へのアクセスもいいので、自分の理想の暮らしや働き方に合わせて住む場所を選べるところが魅力だと思います。
例えば沼津や三島なら、ゆったりとした時間が流れる街で子育てをしながら東京との二拠点生活もできますし、伊豆で思いっきり大自然に囲まれて自由に暮らすこともできます。
だから自分のしたい生活にフィットする場所がどこかなという視点で見てみるのも面白いと思います。(村上さん)

▲静岡で好きな場所、風景の写真(村上さん)
―第2回となる今回の「生き博SHIZUOKA」は、どのようなテーマなんでしょうか。
今回は、「えらぶをあじわう、しずおかで。」をテーマとしています。私たちは、日々の買い物から受験・就職・結婚・転職、転居といった場面で何かを「選ぶ」という行為を重ねています。ただ、なんとなく選んでしまった結果、後悔したという経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。今回の「生き博 SHIZUOKA」では、1年を通して「選ぶ」ということにフォーカスを当て、これからの生き方を考えていきます。
具体的には、Uターンで静岡に戻ってきた人、県外出身で静岡に移住した人、東京と静岡の2拠点生活をしている人、他県に住みながら静岡に関わっている人。
当日はこの4人の方からそれぞれの視点で、なぜその生き方を選んだのか、お話を聞きたいと思っています。充実した日々を過ごしたいけれど、何をしたら良いかわからない人や、これからの進路や就職先、転職先を悩んでる人などは、是非参加してもらえればと思います。(大庭さん・村上さん)

■生き博 SHIZUOKA Vol.2生き博 開催概要
▽開催日時
本セッション:2020年8月1日 (土曜)16:00~18:15 (予定)
振り返り・アフターセッション:2020年8月2日(日曜) 10:00~11:30
(こちらのセッションはアフターセッション付きチケットを購入されたのみ参加可能です)
▽形式
オンライン開催(オンラインチャットツール「ZOOM」を使用します)
※参加される方は事前に使用方法をお調べください。パソコンでの参加を推奨いたします。
※お申し込みいただいた方には、イベント当日までに参加のためのURLをpeatixにご登録いただいているメールアドレス宛に送付させていただきます。
▽参加費
①一般チケット:500円(8/1のセッションのみ参加できます)
②アフターセッション付きチケット:800円
(8/1のセッション・8/2のアフターセッションに参加可能です)
③次世代を応援するチケット:1,000円(こちらのチケットで高校生が最大10名無料参加できます)
④オンライン開催応援チケット:1,500円
(8/1のセッション・8/2のアフターセッションに参加可能です)
⑤次世代を応援するチケット(アフターセッション付き):1,300円
(8/1のセッション・8/ 2のアフターセッションに参加可能+高校生が1名無料で参加できます)
※いずれのチケットも枚数制限があります。
売り切れた場合は追加販売はしないか、値上げをさせていただいての販売となります。気になるコンテンツがある方は、お早めにお申し込み・ご購入をお願いいたします。
▽申し込み
https://peatix.com/event/1530701/view
※必ずこちらのサイトよりチケット購入をお願いいたします。
▽お問い合わせ
TEL:070-1187-4752(大庭)
Email:ikikata.shizuoka@gmail.com
▽主催
生き博 SHIZUOKA実行委員会
▽後援
静岡新聞・静岡放送局
K-mix
静岡移住計画(静岡鉄道株式会社運営)
▽備考
①開催内容はすべて録画(レコーディング)させていただきます。事前にご理解いただきますよう、よろしくお願いいたします。画面に映ることを避けたい方は、カメラオフでのご参加(また名前をあだ名にするなど)をお願いいたします。
②ZOOM・チャット欄でのテキスト化のサポート、終了後のグラフィックレコーディングの共有は行います。
榎戸さんは、大手建設会社にて日本を飛び出し海外でも働いていましたが、現在では「オフィス・エノキド」を立ち上げ、地元静岡にてフリーランスとして、写真・ドローン・動画の撮影、Web制作をされています。前職とは大きく違う今の働き方は「自分で選んだ働き方」と話す、榎戸さんにお話をお伺いしました。
――大手建設会社にて海外で働いているところから、静岡でフリーランスとして働くことは、大きな転換だと思いますが、そのきっかけを教えて頂けますでしょうか。?
はい。当時はゼネコンのタイ・現地法人で駐在員として働いていました。
給与や待遇面としては恵まれた生活をおくっていましたが、現地で出会った日本人と結婚し、
子どもも生まれて40歳直前になった時に、自分の人生であるにもかかわらず、自分の基準ではなく人からの評価で、自分の仕事や暮らし方を選んでしまっていることに気づきました。

▲タイで暮らしていた時の写真
――人からの評価で仕事や暮らし方を選んでしまっている、というのはどういうことでしょうか?
普段あまり意識しませんが、人生におけるいろんな選択は、親や友人・他人にどう思われるだろうかとか、この選択をしたら喜んでもらえるんじゃないかなど、自分の意志で選んでいるようで、実は選ばされた選択をしてると思います。
多くの人はそんなことは気にせずに、今いる会社で勤め上げていくと思いますが、それもひとつの幸せだと思うし、その選択に正解も不正解もないと思っています。
ただ、いまいち仕事にのめり込めずに真剣になっていない自分にも気づいていました。それであれこれ考えた結果、仕事に一生懸命になれない理由が「選らばされた仕事」だったからじゃないかということに気づきました。
はっきりとそれが理解できたのは、フリーランスとして働くようになってからですが、在タイ中に子どもが生まれ、子どもと過ごす時間が楽しく、育児に参加したいけれども、仕事が忙しく思うような暮らしが出来ていないことに違和感を感じていたところ、ちょうど日本への帰任も決まったため、そのタイミングで、一度サラリーマンという働き方を辞め、「自分で選んだ仕事をしてみよう」と思い、バンコクで出会った写真家の沖野豊氏に師事し、カメラマンを目指すようになりました。
――40代手前で、大手建設会社を辞め、カメラマンを目指すことに、不安などなかったのでしょうか?
サラリーマンとして建設会社で15年働き、国家資格もいくつか持っていたことから、仮にカメラマンに挑戦して結果失敗し、何年かのブランクがうまれてしまっても、再就職はできるだろうという見込みがあったので、そこまでの不安はなかったです。
――カメラマンとしての仕事を本格的に始める際に、静岡という土地を選んだ理由はなんでしょうか?
子どもの将来を考え、ニュージーランドやフィリピン、タイなども実際に現地を見に行って移住するかを検討しましたが、新しい土地で言葉も不自由な中、さらに新しい仕事を始めるという多重のリスクよりも、地元である静岡なら、いざというときに頼れる実家もあり、自分で事業をやっている友人とのつながりも多かったので、静岡を選びました。
――地元とはいえ、20年ぶりの静岡で、フリーランスとして働く際、最初は大変だったのではないでしょうか?
そうですね。最初は静岡青年会議所や静岡商工会議所青年部などに入会して、まずは静岡のコミュニティに入ることを意識していました。最初はとにかくお金が心配だったので、とりあえずお金になりそうであれば何でもやっていましたが、今はしっかりとビジョンを持つ人との仕事を選んで取組んでいます。
その方が緊張感を持って取り組め、自分にとってもいいパフォーマンスを発揮できるからです。自分が思う静岡のいいところは、真剣に仕事をし、ちゃんと結果を出してさえいれば、口コミで次の仕事へと繋がっていくところです。なので、一つ一つの仕事にしっかりと取組み、実績を作っていければ、仕事は増えていくし、それがやりがいにもなっていきます。
またWebサイト経由で、首都圏や近県の仕事を頂くこともありますが、東海道新幹線や東名高速道路や中部横断自動車道も伸びていますので交通アクセスも良く、静岡以外での仕事も拡がっています。
――真剣に仕事に向き合い、結果を出すことで、評価され次の仕事につながる、というのは確かにやりがいにつながりそうですね。
サラリーマンは会社で得た利益が給与として分配されますが、フリーランスになってからは、自分の仕事の対価がそのまま報酬となるためダイレクト感があり、サラリーマンと違った刺激があるため、お金へのありがたみや緊張感が全く違いました。それが仕事のモチベーションにもつながっていると思います。

▲仕事をしている時の写真
――現在の仕事に対する充実さを感じますが、プライベートでも何かチャレンジされていることはありますか?
トライアスロンが趣味で、日本代表としてマスターズ世界選手権出場を目指して練習を重ねています。静岡はジョギングする場所もたくさんあるし、日本平などバイク練習する場や50mプールも割と近くにあるので、いいですね。

▲トライアスロン参加時
大手建設会社からフリーランスへと働き方を大きく転換し、静岡へ移住した榎戸さんのお話を聞くと、フリーランスとして静岡で働くことの楽しさを感じるとともに、あくまで「自分で選んだ働き方」として能動的に動いた結果、充実した生活をされていることがうかがえます。
サラリーマンからフリーランスになり、移住を考えている方は、自分にとって何が大切で、何が不満なのか、それらをまず整理し、その上で、「自分で選んだ働き方」を何か考え、積極的に行動に移すことが大切なのかもしれません。
昨年11月にも開催し好評頂いた、
『静岡移住計画』による移住セミナーを
今回も静岡市とコラボし行うことが決定致しました!
今回はオンラインと会場の同時開催のため
ご自宅にいながら参加することが可能です!
☑静岡での暮らしに興味がある方
☑デュアルライフ(二拠点居住)に興味がある方
☑今の働き方、暮らし方に疑問を感じている方 etc・・・
地方での暮らしに興味のある方に
おすすめのセミナーとなっております!
セミナー終了後には個別相談の時間も設けておりますので
是非ご参加ください。
【セミナー内容】
■第1部
「静岡移住計画」を徹底紹介!
また静岡鉄道グループの地域の生活に根差した事業
電車・バス・タクシー・不動産・スーパー・ホテルなどのご紹介はもちろん、
静岡の暮らしについてもご紹介いたします。
■第2部
静岡と東京でのデュアルライフ(二拠点居住)実践者によるトークセッション!
静岡と東京の働き方の違いやライフスタイルを語っていただき、
リアルなお話を聴く貴重な機会を通して本音を深掘りしていきます。
質疑応答の時間も設けておりますので、デュアルライフについて
興味がある方はこの機会に是非聞いてみてください。
セミナー終了後には、ワンストップ個別相談会を開催します!
静岡鉄道の物件情報や新規採用・中途採用情報のほか、
静岡鉄道沿線を中心とした暮らしや遊びの情報まで惜しみなく提供します。
事前予約制となりますのでぜひお早めにお申し込みください!
(※当日は会場参加者のみ。オンライン参加者は、
後日「静岡移住計画」オンライン個別相談会を開催します。)
参加希望の方は以下の申込書を
表記されている申込先【静岡市移住支援センター】まで
FAXまたはE-mailにてお送りください。
https://shizuoka-seikatsu.jp/slifewp/wp-content/uploads/2020/06/c958d139c0ff6ad6cde601a8c97c85e6.pdf
皆様のご参加心よりお待ちしております。
※会場では新型コロナウィルス対策を徹底した上でイベントを開催致します。
詳しくは、ふるさと回帰支援センターHP
「新型コロナウイルス感染予防対策及び来館される皆様へのお願い」をご確認の上ご来館ください。
(https://www.furusatokaiki.net/topics/coronavirus_20200527/)
ご理解とご協力の程、宜しくお願い申し上げます。
静岡駅周辺に住居を構える青木真咲さんと阪口瀬理奈さん。青木さんは株式会社Otonoの代表取締役社長をつとめ、阪口さんは静岡経済研究所のメンバーとして活動する傍ら、ふじのくにICT人材育成プロデューサーとして活動しています。そう聞くと静岡と深い関わりがありそうですが、実はふたりとも、大学時代までずっと関西で育ってきた、生粋の関西人。そんなふたりが静岡を訪れ、移住を決意するまでに至った経緯は何だったのか。その裏に潜む想いを伺いました。
――はじめに、お二人の関係性について教えてください。
阪口さん:青木とは中学、高校、大学まで一緒でした。いわゆる“腐れ縁”ってやつですね。高校までも友人の一人ではありましたが、そこまで仲が良かったわけではなくて。大学で同じ部活に入ったことで、一気に距離が縮まりましたね。
青木さん:大学では、アメフト部のマネージャーになりました。チームの運営や組織づくりを中心に行っていたので、仕事みたいなことを学生時代から経験させていただきましたね。阪口とは仕事仲間のような感覚が強く、お互いにとってよき理解者でした。
▲大学時代
――大学卒業後、バリバリとお仕事をされていたようですね。どんなお仕事をされていましたか?
青木さん:日本経済新聞に入社し、新聞記者になりました。配属は東京の、株式の投資情報を扱う部署でした。名の通った企業の代表に出会う機会も多く、刺激とやりがいに溢れていましたね。ただその反面で、自分のやりたいことは一攫千金の投資情報を届けることだろうか?という悩みも抱えていました。会社と自宅の往復で、仕事が生活の中心になっていました。
阪口さん:私も入社時の配属で上京しました。シンクタンクの三菱総合研究所に入社し、IT関連の調査が主な業務でした。新しいトレンドやIT政策に関わるプロジェクトに携わることができて、面白い仕事でした。ただその分、青木と同じく、平日は家に帰るのも遅く、自炊をすることもなく、食事は外食ばかり。そんな日々を送っていました。
――大変な日々を過ごされていたんですね。そんな中、静岡に移住を考えたきっかけは何でしたか?
青木さん:4年目の異動で静岡に来たことですね。静岡に訪れたのは初めてだったのですが、何だかとても気に入って。想像していた普通の地方都市とは、良い意味で違っていました。街全体が綺麗だし、空が明るくて、人々は活気に溢れている。商店街に行くと、地場のお店がたくさん出店していることにも驚きましたね。簡単に言うと、「豊かな街なんだな」そう感じました。静岡への異動は期限付きだったので、いつか東京へ戻ることは決まっていたんです。任期が近づくにつれて、東京に帰って大企業の中で働くよりも、静岡にいた方が豊かな生活が送れるのではないか?と思うようになりました。そして、2017年3月に退職しました。

阪口さん:私は青木が退職した後もまだ、同じ会社で仕事を続けていました。相変わらずの忙しい日々で。そんなとき、静岡に住んでしばらく経った青木と連絡をとる機会があったんです。自由にのびのびと暮らす話を聞いて、純粋に「いいな」と感じましたね。それからしばらくして、退職することが決まって。その時点ではまだ、静岡に住むことは決めていませんでした。でも静岡に来て過ごしてみるうちに、気づいたら静岡の虜になってしまった(笑)退職から4ヶ月後に、自然な流れで静岡に移住することを決めました。

――知らない土地で一から始めることを決意されたわけですね。今のお仕事はどんなきっかけで始められましたか?
阪口さん:ありがたいことに、人からのご紹介が仕事に繋がっています。私は今、複数の肩書を持ってお仕事させていただいています。「ITで課題を解決する」ということを軸に、静岡経済研究所ではICT政策や、IT人材育成に関する調査を行っています。兼任している静岡県産業振興財団では、ふじのくにICT人材育成プロデューサーとして、ICTに関する人材の確保・育成や企業間連携に向けたアドバイスをさせていただいています。

青木さん:「静岡はいい土地なのに、知られていなくてもったいない」という想いが強くありました。以前の私のように、東京での生活に疲れている人に知ってもらいたいと考え、何か形にしたいと動いていました。そんなとき、”ドラマ型の音声で、場所が持つストーリーを伝える”というコンセプトの事業立ち上げに誘われ、「これだ!」と直感したんです。なんとか会社設立にこぎつけ、その後代表取締役に。もちろんプレッシャーもありますが、外から来た私だから伝えられることがあると思い、日々の仕事に取り組んでいます。
▲株式会社Otonoメンバー
――静岡に住んでみての生活はいかがでしょうか、何か変わりましたか。
阪口さん:良いことばかりですよ!生活の質が格段に上がりました。人として当たり前のことかもしませんが、3食きちんと食べてしっかり睡眠時間をとり、歩いたり運動したりする時間が確保できるようになりました。自炊するようになって体調も良くなり、目の下のクマも消えましたね。それに、年収は減ったはずなのに、会社員時代よりも貯金ができました(笑)いかに無駄な支出ばかりだったかと反省しますね。こうして振り返ると、「便利なことが必ずしも幸せに繋がるわけではないな」と痛感しますね。
青木さん:本当にそうですね。東京は機能的で便利でしたが、どこかバーチャルな世界だったように感じます。欲しいものはなんでもコンビニや通販で揃えられるから、誰かと会話する必要がない。通りすがりの人が何か困っていても、見て見ぬふりが当たり前。この街に自分は必要とされていないんじゃないかってふと感じることも多くて。反対に静岡には、東京にはない豊かさや、人間らしさがあるなと感じます。仕事でも日常生活でも、「自分が必要とされている」という実感が持てるんです。“あの人最近見かけないけど元気かな?”と心配したり…生きているだけで、ちょっとした幸せが積み重ねられる街だなと思います。
阪口さん:それから、顔が見える仕事ができるところも良い変化だと感じています。前はすごく大きなプロジェクトや数字に携わっていたけれど、どれもリアリティがなかった。今だったら、例えば工場の社長さんに話を伺って、その人のために、何かできないかを考える。数字ではなく、一人ひとりと向き合って仕事ができているなと実感しますね。
▲青木さんが静岡で好きな風景(澄みわたる青空と富士山)

▲阪口さんが静岡で好きな場所(清水港ー三保間の水上バス)
――移住を考えている人にとって、静岡はどんな場所でしょうか?
青木さん:土地によっては、外から来た人を排除する文化が根付いているところもあるっていいますよね。静岡の人には、そんなところが全くないところが良いなと思います。関西出身の私を偏見もなく受け入れてくれ、頑張ってと応援してくれる。すごく良い文化ですよね。
阪口さん:それわかる。出張や転勤で人の出入りも多い土地なので、外の人に慣れているのかもしれないですね。それに、純粋に暮らしやすい街だなとも感じています。少し歩けばスーパーにも薬局にも行けるし、洋服だって買える。こんな便利な街、なかなかないですよ。

――最後に、今後の抱負や目標についてお聞かせください。
阪口さん:お仕事をさせていただく中で、優秀な方が多い街だと感じています。それなのに、そのことに気づいていない方が多いことがもったいないな、とも感じます。例えばエンジニアを探している企業さんが、すぐに東京から人を呼び寄せようとしたり、反対に優秀な学生さんが、静岡では活躍できないから、東京に行こうとしてしまったり。そんな方々を繋いで、静岡県内で良い循環を生み出していくお手伝いをしたいと考えています。
青木さん:静岡で事業を立ち上げたので、この場所で出来ることをたくさん形にしていきたいですね。常に街や社会の課題と繋がりながら、自分にできることを静岡に、社会に還元したい。これからどんどん、住む場所は自ら選ぶ時代になってくると思うんです。「静岡は自分らしく生きられる選択肢がたくさんある場所なんだよ」ってことを、一人でも多くの方に知っていただける事業を展開していけたらと思っています。

今後の抱負や目標を、生き生きと語ってくれた青木さんと阪口さん。その表情に、そして言葉に、今の生活の充実度が溢れていました。活躍するフィールドは違っても、静岡を愛する気持ちは同じ。ふたりの想いに共感し、静岡に移り住む人がきっと増えていくことでしょう。
(文=藤田 愛、写真=静岡移住計画)
静岡市内から車で30分ほど走らせたところにある玉川地区は、静岡県の北部にあるお茶や林業で栄えた地域。都会からのアクセスもよいため、ここ数年家族での移住を検討する人が増えているそう。そんな玉川地区で2歳のお子さん、あかりちゃんを育てながら『自然保育 森のたまご』をはじめられた原田さやかさん。株式会社玉川きこり社を立ち上げ、玉川地域を盛り上げ続けているさやかさんが、どのようなきっかけで『自然保育 森のたまご』をしようと思ったのでしょうか。
――まずはさやかさんのご出身地と、静岡に来たきっかけを教えてください。
私の出身地は愛知県豊橋市です。大学進学をきっかけに、静岡県にきました。実はずっと写真家になりたかったのですが、両親に大反対されていて。でも、どうしても我慢できず、大学3年生の時、イギリスへ渡り写真について学びました。大学卒業後は、静岡市内のフォトスタジオに勤務し、その後フリーランスのカメラマンになりました。

――玉川地区との出会いは、フリーカメラマン時代でしょうか?
その後ですね。フリーカメラマンをしばらくした後、静岡の地域情報誌「すろーかる」に所属しました。そんな時、テレビで「限界集落」という言葉を初めて知ったんです。それまで「山に住む」という感覚が全くなくて、すごく衝撃を受けたのを覚えています。静岡にも限界集落があるなら、自分の手がけている情報誌を通じて、何かできないかな?と思うようになりました。そんな時に紹介してもらったのが、玉川に住むおばあちゃん、岩崎さんでした。お家に遊びにいってみると、それはものすごい山奥で(笑)。でも、家の隣には茶畑が広がり、庭には梅の実がなっていて、自然と共存している暮らしをなさっていました。その景色を見た時に、なんて美しい暮らしなんだろうって感動したんです。その頃の私は、徹夜続きで、3食外食は当たり前。仕事一筋で、この玉川地区で生活をするなんて考えたこともありませんでした。ですが岩崎さんや玉川地区から与えていただくものが本当に多くて、だんだんと「この玉川の暮らしを、魅力をたくさんの人に伝えたい」って思うようになりました。

▲岩崎さん
――素敵な出会いですね。その時に立ち上げたのが、「安倍奥の会」ですね?
はい、そうです。2008年に「安部奥の会」を結成しました。メンバーには、玉川の住民はもちろん、静岡市内の方や学生さんなどもいました。「流しそうめん祭り」というイベントをしたり、地域の情報をまとめた「玉川新聞」を発行したり、玉川の魅力を伝える活動を続けました。地域の人は「こんなところ、何もない」っていうんですが、私から見たら宝物がたくさんです。だからこそ、地域の人に玉川の魅力を再確認してほしい、そして外の人にも玉川を知ってほしいという思いで活動を続けていました。でも、イベントや新聞を続けていても、玉川地区の人口は減っていく一方です。この状況を変えるためには、本気で村と向き合っていかないといけないと思うようになってきました。
(さらに…)
だれかに紹介したいお店…それは提供される商品の質はもちろん、中で関わっている“人”に魅力があるのではないか。そんな想いからこのシリーズではお店の中の人にフォーカスしつつ、お店を紹介していきます。
JR静岡駅から歩いて12分。江戸時代は旅人が立ち寄る宿場として栄え、今は再開発が進むエリアに『泊まれる純喫茶 ヒトヤ堂』は佇んでいます。築50年の大正ロマンあふれるこの建物は、2018年6月にオープン。平日の昼下がり、自転車で訪れるシニアの男性や学生、女性グループなどでにぎわい、スイスから観光に来た若い女性も楽しそうに話していました。喫茶店のカウンターに立つのは、20代の女性3人。26歳でヒトヤ堂を立ち上げた村松佐友紀さんが、肩ひじ張らずにこれまでの道のりや思いを語ってくれました。

――とても趣のある素敵な空間ですね。村松さんがこちらを立ち上げるまでのことを教えてください。
えっと、いつも行き当たりばったりなんですけど…(笑)、私は静岡県牧之原市で生まれ育ち、街中のディスプレイや店舗の装飾などに興味があって、武蔵野美術大学で空間演出を学んでいました。その後静岡の実家に戻り、地元で広告の企画営業の仕事をしていました。

――広告の仕事からいまの飲食・宿泊業はかけ離れている気がしますが、何かきっかけがあったのでしょうか?
広告の仕事に就いたのは、たまたまでした。私は学生時代から海外のゲストハウスを利用することがあり、いつかゲストハウスをしてみたいなという思いがありました。でもタイミングがなく、いつしかその想いも遠のいていて…。ただ、働き始めて営業の仕事をしていると、経営者と話す機会が多く、経営も面白そうだなと思っていました。そしてもう一つ、背中を押される出来事があったんです。
――何でしょう?
ここを一緒に立ち上げた相方は、大学時代からの友人なんです。24歳の時に彼女と話していたら、「学生のとき、ゲストハウスをやりたいって話してたよね」と言われてハッとして。ちょうど1年更新の仕事をどうするかと考えていたタイミングだったので、「やるなら今だな、本気で考えてみよう」と。彼女は東京出身で、当時東京でCMや映画の美術スタッフとして仕事をしていたけど、一緒にやろうという話になりました。

――夢が動き出した瞬間ですね。何から始めたのでしょうか?
まずはゲストハウスができる物件を探しました。でも不動産屋を回りましたが条件が合わず、空き家バンクを探しても厳しく…。しばらくして、ビルのオーナーさんを紹介してもらう機会があり、「直接オーナーさんに当たればいいんだ!」と気付き、地域おこしに携わっている会社にアプローチして、この物件に巡り合いました。ここはもともと喫茶店で、奥は住居。その方が喫茶店をやめるため、別の借り手を募集されているところでした。私たちがやろうとしていることを伝えると、オーナーさんも興味を持って下さり、ついに物件が決定。そして相方が退職して静岡に移住し、2018年6月に『泊まれる純喫茶 ヒトヤ堂』をオープンしました。

――喫茶店を残して、ゲストハウスにされたのですね。素敵な内装はリノベーションしたのですか?
当初喫茶店の経営は考えていませんでした。でも初めてお店を見に来た日に、この場所が無くなってしまうのはもったいないと思ったんです。約40年も営業を続けてこられた前の女性オーナーさんとも話をし、地域に愛されていた喫茶店を引き継げることに。喫茶店の内装はそのまま残し、住居部分だった奥のスペースは大改造。ものづくりが得意な相方と、たくさんの友人の手も借り、できるところは自分たちでリノベーションしました。
(※セルフリノベーションの様子はhttps://hitoyado.com/で紹介されています)

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